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2012年7月22日

国際通りの老舗ゲーセン32年の歴史に幕

Sany0029
20日の営業を最後に32年間の歴史に幕を閉じた国際通りのゲームセンター“ゲームインナハ”。21日には筐体の移動準備が行われていた。

那覇市の繁華街、国際通りのデパート・三越の向かいで営業していたゲームセンター“ゲームインナハ”が20日深夜0時をもって営業を終了し閉店しました。
私が中学生だった昭和50年代半ば、“スペース・インベーダー”や“ブロック崩し”といったテレビゲームが全盛期でした。正確にはわかりませんが、“ゲームインナハ”はそのころから営業し、国際通りのゲーセンといえば“ゲームインナハ”というイメージが定着してきました。
“スペース・インベーダー”がブームとなり、“スペース・インベーダー”に夢中になり、帰りが遅くなって親にしかられたという思い出もありました。
インベーダーブームが去った後も、格闘ものや音楽もの、麻雀ものなど、多彩なゲーム機が店内所狭しと並び、仕事帰り、学校帰りの若い世代の楽しみを提供してきました。
近年では、家庭用ゲーム機や携帯ゲーム機が普及していく中、『麻雀格闘倶楽部』や『クイズマジックアカデミー』のような人気タイトルも置かれていましたが、なつかしのビデオゲームも多く置かれ、私のようなサラリーマンの客も多数入店していました。私も『上海・万里の長城』にはまっていました。
郊外に大型商業施設ができたことによる国際通りの空洞化や、家庭用ゲーム機や携帯ゲーム機の普及により、一時期6カ所もあったゲームセンターも、次々と国際通りから撤退していく中で、“ゲームインナハ”は“国際通りの若者文化の殿堂”として営業を続けてきましたが、建物の老朽化により今月20日、約32年間にわたる営業に終止符を打ちました。
私が中学生・高校生だったころ、よく三越前の一帯へ行って、テレビゲームに興じていました。現在“てんぷす那覇”があるところにあった国際ショッピングセンターの地階、そして3階のボウリング場にもあったゲームセンターでも遊んでいました。また、上の写真のように、建物が1階と2階を店舗に、3階と4階が経営者の自宅であることから、個人経営という暖かみもありました。国際通りにはもう1カ所、むつみ橋交差点の近くに“夢咲創庫・国際通り店”もあり、私はここで『MJ5』を楽しんでいますが、“ゲームインナハ”は、一時期に多くあったゲームセンターが相次いで撤退していく中で国際通り、しかも三越前の“顔”として30年あまりの長きにわたって営業していたため、その存在感はあまりにも大きかったと思います。
私たちにゲームという娯楽を提供してきた“ゲームインナハ”の経営者に対し、長年の営業への感謝を表します。ありがとうございました。
なお、今後は、平和通りの奥、サンライズ通り沿いにある2号店を引き続き営業していくとのことです。

追伸:諸事情により更新が滞ってしまいました。申し訳ありません。

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