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2011年8月25日

“テレビ界の帝王”島田紳助が暴力団員との交際を理由に引退

民放のバラエティ番組の司会者として人気を集めていたタレントの島田紳助さん(55)(本名:長谷川公彦)が23日夜、東京で所属事務所の社長と記者会見を開き、暴力団関係者との親密な関係があったことを理由に芸能活動から引退することを明らかにしました。


島田紳助さんは23日夜10時から、東京・新宿区にある所属事務所「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」の社長とともに記者会見を開きました。所属事務所によりますと、島田さんは平成17年6月ごろから平成19年の6月ごろまでの間に暴力団関係者との間に一定の親密さをうかがわせる携帯メールのやり取りを行っていたことが明らかになったということです。事実関係について島田さんに確認をしたところ、暴力団関係者との関係を認め、みずから社会的責任をとって芸能活動から引退すると申し出たため、所属事務所は島田さんが引退することを了承したということです。

「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」の水谷暢宏社長は「メールのやり取り自体は法律に触れるようなものではなく、暴力団関係者などとの経済的な利害関係が認められるものではない」としたうえで、「社会的影響力の高いテレビなどのメディアに出演しているタレントとしては理由を問わず許されないもので、多数のテレビ番組にメイン司会者として出演していることなどを考えれば事務所としては厳しい態度で臨むべきだと判断するに至った」としています。

島田さんは民放各局でバラエティー番組やクイズ番組など6本のレギュラー番組に出演していました。今回の問題を受けて、急きょ出演番組の放送を取りやめるなど、各局は対応に追われています。

(以上、NHKニュースより)

島田紳助さんは過去に元マネジャーへの暴力事件も引き起こしており、多数のテレビ番組の司会をし、高度な倫理観を要求される職業柄である以上、暴力団関係者との交際は言語道断であると思います。芸能界を去るのは当然でしょう。

島田紳助さんが芸能界から引退したのに伴い、レギュラー出演していた番組を放送していた民放各局が、急きょ出演番組の放送を取りやめるなどの対応に追われています。
このうちFUJI-TVでは、きのう24日午後7:00から放送予定だった『クイズ!ヘキサゴン2』を取りやめ、6月に関東ローカルで放送した『タカトシ・温水の1000円握って食べまくり旅』を再編集して放送しました。このヘキサゴン、2度も沖縄でクイズ合宿をしました。おそらく、紳助ありきの番組なので打ち切りは確実でしょう。
【NIHON-TV (NNN) 系】
『行列の出来る法律相談所』(沖縄ではOTVが1週遅れの日曜日午前9:00に放送)の28日放送分、『人生が変わる1分間の深イイ話』(沖縄ではRBCが木曜日午後7:00に放送)の29日放送分を中止。両番組とも10月以降は司会者を変更して継続する方針。
【TV-ASAHI (ANN) 系】
『クイズ!紳助くん』(ABC制作)(沖縄ではQABが数ヶ月遅れで土曜日午後4:00に放送。ただし、ゴルフ中継で休止する場合あり。)番組では毎年沖縄を取り上げてくれていたが、番組の主の紳助くんの引退で番組そのものも打ち切りとなるでしょう。残念です。
【TBSテレビ(JNN)系】
『紳助社長のプロデュース大作戦』(毎週火曜午後7:00)9月6日、13日の放送を休止。30日は『世界陸上中継』のため休止。このまま打ち切りとなるでしょう。沖縄の宮古島での民宿経営をプロデュースしただけに残念。また、春と秋、半年に1度の大型クイズバラエティ『オールスター感謝祭』の司会を務めており、後任にはTBSテレビの安住紳一郎アナウンサーさんが有力か。
【TV-TOKYO (TXN) 系】
TV-TOKYO最大の人気番組『開運!なんでも鑑定団』(沖縄ではRBCが日曜日午前9:55に放送)の司会を、石坂浩二さん、吉田真由子さんとともに務めていましたが、次回30日の放送は収録し直し、今後も司会者を変えて続行するとのことです。TXN系列局以外ではしばらく放送できないことになるでしょう。

県内のテレビ局でも島田紳助さんの暴力団関係者との交際による芸能界引退に伴い、出演番組の放送中止、差し替えの対応が出てきています。
RBCテレビではきのう午後3:55から予定していた『開運!なんでも鑑定団』(再放送)を取りやめ、きのう放送した韓国ドラマ『宮(クン)』の最終回を再放送、またきょう午後7:00から予定していた『1分間の深イイ話』を『コレってアリですか?』に変更します。
“テレビ界の帝王”といわれ芸能界に多大な貢献のあった島田紳助さん。暴力団関係者との交際が明らかになり芸能界を去ることになりました。同時にテレビ界にも多大な影響が及び、デジタル化でますます強まる視聴者の“テレビ離れ”にますます拍車がかかることでしょう。

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2011年8月21日

『ずっとここから』の歌とともに刻まれた学校の名前は、日本大学第三高校!

「夢を追い、白球を追える喜びをかみしめた2011年。選手が父親と慕う熱血監督の下、西東京代表、日本大学第三高校、深い絆でつかんだ2度目の全国制覇です!」
甲子園球場で開催されていた『第93回全国高校野球選手権大会』の決勝戦『光星学院VS日大第三』がきのう、阪神甲子園球場に47,000人の観客を集めて行われました。
青森県勢としては昭和44年、太田幸司投手を擁して松山商業高校と延長18回、0-0の引き分け再試合を演じた末松山商業高校に敗れた三沢高校以来、42年ぶりに決勝へ駒を進めた光星学院。私としては、東日本大震災の被災地として、優勝を期待していました。
しかし、光星学院のエース、秋田投手が3回に高山選手にバックスクリーンにまで運ばれた3ランホームランを打たれ、そして7回、前の日の準決勝・対関西(岡山)戦の7回に一挙8点を奪った日大第三の猛打に沈みました。7回には秋田投手得意のスライダを狙われ、畔上、横尾の連続適時二塁打、そして鈴木に左中間2ランを浴び、この回5点をとられKOされてしまいました。
そして最後の打者、今までバッターボックスに立つことがなかった代打・荒屋敷篤士選手が空振り三振に倒れ、11-0で日大第三高校が全国4000校あまりの頂点に立ちました。全試合2けた安打、計61得点の強力打線が、10年ぶり2回目の栄冠をつかみました。敗れた光星学院は、東北勢6度目の決勝進出をしながら、日大第三高校のエース・吉永健太朗投手の前に散発5安打で完封され、東北勢初優勝の夢はかないませんでした。しかし、太田幸司投手は新聞社の取材で「大差になったが、実力は伯仲していたと思う。東北の野球が強くなっていることを証明してくれた。東北が勝てないと言われたのも今は昔。好機はきっとまた来る」と後輩の健闘をたたえました。今年の夏の大会は、東日本大震災の被災地・東北の高校に注目が集まりました。その中でも、光星学院の活躍は、東北の地に大きな夢と希望を与えてくれました。光星学院の活躍が、被災地の復興の原動力となることを祈りましょう。
今年が創立60年目のシーズンとなったABC(朝日放送)の高校野球中継のテーマ曲には毎年名曲が名を連ね、その楽曲とともに、その年の優勝校の名前が刻まれていきます。昨年はFUNKY MONKEY BABYSの『あとひとつ』のテーマ曲とともに、沖縄の興南高校の名前が刻まれました。そして今年、現役女子高校生歌手の川上ジュリアさんが歌う『ずっとここから』。この曲とともに、日本大学第三高校の名前が歴史の一頁に刻まれました。
6月18日の沖縄県大会に始まり、約2ヶ月間にわたり繰り広げられた“2011年・高校球児たちの夏”は、西東京代表の日本大学第三高校の優勝で幕を閉じました。

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2011年8月 9日

沖縄の今年の高校球児の夏は、1回戦で終わりました。

甲子園球場で開催中の『第93回全国高校野球選手権大会』は、4日目の今日の第1試合に、沖縄県代表の糸満高校と香川県代表の英明高校の試合が行われ、1-4で糸満高校は敗れました。
沖縄では地方予選の準決勝で昨年全国制覇の偉業を達成した興南高校が、準決勝で中部商業高校に敗れ、決勝で糸満が中部商を破って甲子園出場を決めました。
昨年の興南優勝の大フィーバーぶりはなく、今年は静かに終わってしまいました。
県大会で敗れた学校はすぐに1・2年生で新チームを作り、夏の暑い中を練習に励んでいます。9月3日、沖縄県秋季高校野球大会開幕。もうすでに来年の夏に向けてのストーリーは始まっています。

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