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2010年11月15日

日本の女子バレー、ここに復活!

きのう東京・国立代々木第1体育館で行われた、女子バレーボールの世界選手権の3位決定戦で、日本は北京五輪銀メダルの米国を3-2でやぶり、見事銅メダルを獲得しました!
日本が世界選手権でメダルを獲得するのは、昭和53年の大会以来、32年ぶりのことです。
昭和53年といいますと、関東地方の空の玄関、成田空港が開港し、また、1980年代の日本のミュージックシーンに大きな影響力を与えたTBSテレビの音楽番組『ザ・ベストテン』が始まった年でもありました。その年に行われた世界選手権で、日本は決勝で敗れたものの銀メダルを獲得しました。その後、昭和59年のロス五輪で銅メダルを獲得した後、男女とも日本のバレーボールは長らく低迷期が続き、とりわけ平成12年のシドニー五輪では、日本女子はアジア最終予選で敗退し、五輪出場を逃すということもありました。
2大会連続で日本で開催される今回の世界選手権に、真鍋監督率いる全日本チームは、“すべてはこの日のために”のテーマのもとで臨んできました。
日本は、第1次ラウンドを5戦全勝、続く第2次ラウンドを2勝2敗で乗り切って準決勝に進出、おとといの、北京五輪金メダルの強豪・ブラジルとの準決勝では、第1セット、第2セットを先取しながら、ブラジルの追い上げにあい2セットを取り返されフルセットに持ち込まれ、最後はブラジルに振り切られました。
しかし日本は気持ちを切り替えました。昨日の米国との3位決定戦では、米国にセットをとられれば取り返すという展開で、今度は日本がフルセットに持ち込みました。そして第5セットを15-8でとり、32年ぶりの銅メダル獲得の悲願を達成したのです!まさに、日本の女子バレーの復活の瞬間でした。
私は昨日の試合をテレビで観戦していました。そのとき、一人の女性のことが頭の中にありました。
この大会で大活躍した日本チームのエース、木村沙織さんの高校時代からの親友、横山友美佳さん。彼女は高校時代、木村さんと同じ下北沢成徳高校で女子バレー部員として活躍、全日本ジュニアチームに選ばれ、シニアチームにも選抜される、まさに将来を嘱望された選手でした。
ところが高校3年になって、肺がんと診断され、選手生命も絶たれ、高校も養護学校(現在の特別支援学校)の病院内学級に転校を余儀なくされました。その後、早稲田大学に合格し、女子大生となりましたが、半年でがんが再発、入学後半年で中退となりました。そして北京五輪の5ヶ月前の平成20年4月17日、わずか21歳の若さでこの世を去りました。
その横山さん自身が書いた闘病記『明日もまた生きていこう』が、女子バレーボール世界選手権のプレ企画として、大手番組制作会社のテレパックによりテレビドラマ化され、去る10月25日にJNN系列で放送されました。このブログをご覧の皆さんにも、ドラマをご覧になられた方も多いと思います。
日本チームも、かつての仲間だった横山さんを失った悲しみを乗り越えて、横山さんのためにも、精一杯の戦いに望んだものと思います。
きのうのTBSテレビのテレビ中継で、横山さんの遺影らしきものは出て来ませんでしたが、おそらく天国の横山友美佳さんが、国立代々木第1体育館のどこかで、日本チームを後押ししていたと思います。そして、横山さんも天国で、日本の女子バレーの復活を喜んでいると思います。そしてドラマで横山さんを演じた比嘉愛未さん、木村さんを演じた相武紗季さんも、会場には来られなかったもののテレビで応援していたものと思います。
けさの『みのもんたの朝ズバッ!』に生出演し、喜びを語った日本チームは、番組に出演した後、おそらく横山さんの仏前に、勝ち取った銅メダルを供え、銅メダルの獲得を報告したものと思います。
女子バレー日本チームの皆さん、銅メダル獲得おめでとうございます。
来年のワールドカップにも期待したいと思います。

そして同じころ、アメリカで行われていたフィギュアスケートの国際大会『スケートアメリカ』で、ポスト浅田といわれている村上佳菜子さんが優勝しました。あわせて、おめでとうございます。

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