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2006年8月31日

さようなら、琉球バス&ベスト電器那覇本店。

沖縄県内最大のバス事業者、琉球バスがいよいよきょう、55年間の歴史に終止符を打つことになりました。
琉球バスは、沖縄本島内で那覇と名護・うるまを結ぶ路線など56路線を運行、長年にわたり鉄軌道のない沖縄本島内の交通を支えてきました。
しかし、昭和50年代からモータリゼーションが進み、また運転手と経営陣との間でのいざこざが多発、ストライキにもなり、人件費がふくらんで運賃値上げもしばしば。乗客は減る一方となりました。平成3年に負債110億円を抱え、商法に基づく会社整理を申し立てて、事実上倒産。平成14年に民事再生法に変更して再建を図ってきましたが、退職金問題が尾を引き、ついに那覇バス同様、北九州市に本社を置くタクシー会社、第一交通産業グループに営業譲渡されることとなりました。
第一交通産業グループは全額出資の子会社“株式会社 琉球バス交通”を設立し、琉球バスから全事業を譲り受け、あす9月1日から営業を開始することになっています。
これで那覇バスと琉球バス交通の2つのバス会社が、第一交通産業グループの傘下に入り、今後、両社の間で事業再編が行われることは必至です。
すでに琉球バスの車両には新社名のシールが貼り付けられており、いよいよ琉球バスも最後だと感じさせられました。那覇バス同様、新しい会社になっても県民に愛されるバスであって欲しいものです。
営業譲渡にともない、一部の路線で運行ルートが変わります。
21系統 具志川-名護間の運行(宜野湾方面から金武・宜野座方面へは沖縄バスの77系統を利用)
22系統 こどもの国から宮里経由で具志川BTまで延長
56系統 航空隊経由に変更
99系統 小禄バイパス経由で与根営業所まで延長
ところで、まもなくその歴史を終えようとしている琉球バスの長濱弘前社長が今日午前9時50分に急性化膿性胆のう炎のため、那覇市内の病院で亡くなりました。87歳でした。
長濱前社長は、昭和47年から平成7年に息子の弘真さんに社長の座を譲るまで、県内最大のバス会社の経営にあたっていました。また、長濱前社長は沖縄県の県域FM放送局、エフエム沖縄の社長(これも息子の弘真さんに譲りました)でもあり、昭和59年9月(すなわち22年前の明日)にAM局だった極東放送をFM放送に移行させ、その後も県民に愛されるFM局に育て上げました。また、妻の文子さんと“長浜企業グループ”として自動車用蓄電池販売会社や自動車整備工場などのグループ経営にあたっていました。
県内最大のバス会社の経営にあたっていた男が、この世を去りました。そしてその日、そのバス会社の歴史も終わろうとしています。長濱前社長のご冥福をお祈りします。
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長い間沖縄の交通を支えてきた琉球バス。ついにきょうその歴史を閉じる。車両には“第一マーク”が貼り付けられていた。
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側面の“琉球バス”の社名表示。あすから白いテープで覆っているところがはがされ“琉球バス交通”となる。

一方、那覇市久茂地のパレット久茂地斜め向かいで営業していた家電量販店、ベスト電器那覇本店が、今夜最後の営業を終え閉店しました。
ベスト電器那覇本店は平成3年から15年間、デパート・リウボウが営業していたビルの地階から4階までのフロアを借りて営業してきました。今使っているパソコンもここから買いました。しかし、ビルが老朽化し、取り壊されることが決まったことから、ビルの借り主から立ち退きを求められ、今日で営業を終わらなければなりませんでした。7月28日から“売り尽くしセール”を開催しており、売り場も縮小していました。
ベスト電器では「安里の蔡温橋近くで営業を始めてから約20年、那覇の中心地・国際通りを去るのはきわめて残念。早く新しい営業場所を探して営業を始めたい。」と話しています。
なお、ベスト電器ではあすは中間決算棚卸しのため、沖縄県内のほとんどのお店が臨時休業するとのことです。

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2006年8月25日

夏の仲間にありがとう。~今年の夏の甲子園を振り返って

6日から甲子園球場で熱戦を繰り広げてきた『第88回全国高校野球選手権大会』(日本高校野球連盟・朝日新聞社主催)は、21日に行われた決勝戦の再試合で、早稲田実業(西東京)が73年ぶり史上2校目の3連覇をねらった駒大苫小牧高校(南北海道)を4-3でやぶり、同校野球部創立102年目で悲願の夏の大会初優勝を成し遂げました。しかもこの早実、大正3年の第1回大会に出場してベスト4(ちなみに初代チャンピオンは京都二中でした)だったことから、まさに90年越しの夢がかなったということです。
早稲田実業は、斉藤佑樹投手がなんと7試合を一人で投げ抜きました。今大会の投球数実に945球。前の日の試合で延長15回、1-1の引き分け再試合を演じ2日間、駒大苫小牧高校の田中将大投手とすばらしい投げ合いを演じ、そして最後に田中投手を三振に切って取るという、後世に残る大会のラストシーンを演じたときはまさに感動ものでした。
早稲田実業は大正3年の第1回大会からこの大会に出場、今回が27回目の甲子園大会出場でした。その昔、現在福岡ホークス監督の王貞治さん、現在西武ライオンズの投手コーチの荒木大輔さんを擁して甲子園をわかせましたが、いずれも準優勝止まり。選抜大会で王投手を擁して優勝したことはありましたが、夏の大会での優勝はありませんでした。今回の決勝進出も荒木投手を擁した昭和55年以来、26年ぶり、当時は横浜・愛甲猛投手の前に敗れました。そして今回、1世紀を超える野球部の歴史上で初の全国制覇となったわけです。
ところで、今年の『第88回全国高校野球選手権大会』、プロ野球の人気低下とは対照的に、例年にない盛り上がりを見せました。初日に今年春の選抜大会で優勝した横浜高校(神奈川)が大阪桐蔭高校(大阪)に負けるという波乱で始まり、今大会だけでも60本のホームランが飛び出すなど、大盛況の大会でした。
日本最南端の高校として全国からも注目を集めた沖縄の八重山商工高校もがんばりました。1回戦の千葉経大附属高校戦では、8回まで4-6とリードされていましたが、9回2死、あわや万事休すとまでいわれたときに、同点に追いついて延長戦に持ち込み、10回に3点を奪って9-6で勝ちました。この日は8月8日、旧暦7月15日で沖縄では旧盆のウークイ、先祖様を送る日になっています。試合は午後8時を過ぎでも続くほどの盛況ぶり。ご先祖様まで声援を送るほどでした。八重山商工の勝利を見届けて送られたご先祖様も満足げだったと思います。また、2回戦の松代高校戦も、午後5時過ぎに始まって8時過ぎまで続くという試合でした。しかも日曜日の夕方。この日も県民がテレビの前に釘付けにされたことでしょう。結局3回戦で和歌山県の智辯和歌山高校に3-8で敗れましたが、大嶺裕太・金城長靖選手をはじめ、八商工ナインの活躍は、全国のファンにさわやかな感動を残してくれました。
甲子園球場も例年より気温が高く、34℃を超える暑さとなりました。そんな中、観客動員数も16日間で90万人近い観客が甲子園を訪れたといいます。
そして20日の決勝戦、早実・斉藤、駒大苫小牧・田中両投手の投げ合い、8回に1点ずつ取り合ったものの両投手譲らず延長15回、1-1の引き分け再試合。昭和44年の伝説の決勝戦、松山商VS三沢以来、37年ぶりの夏の大会の引き分け再試合となりました。(当時は延長18回で引き分け再試合でしたが、現在は延長15回で引き分け再試合となっています。ちなみに地方大会でも宮城大会の決勝戦、東北VS仙台育英戦をはじめ、3試合が引き分け再試合となっています。)
21日の決勝再試合でも、早実が先制して主導権を握り、9回表、駒大苫小牧がホームランで1点差に詰め寄ったものの、打席に田中投手が入り、斉藤と田中の対決、田中が三振に倒れて優勝が決まるという、最高のラストシーン。この2人の対決に、名勝負続出の今大会のすべてが集約されたと思います。
テレビ視聴率も上がりました。20日の決勝戦のNHKの視聴率(関東地区)は29.1%、21日の決勝再試合は23.8%と、過去10年間で最高を記録しました。駒大苫小牧の地元、北海道では30.2%、関西地区では14.7%、名古屋地区では22.2%、福岡地区では20.2%を記録しました。(NHKの数字はいずれも6回以降のものです)ちなみにTV-ASAHIでは5.5%、HTBでは13.8%、ABCでは14.6%、ME-TELEでは5.7%、KBCでは6.5%でした。また、TV-ASAHI系で大会期間中、午後11時台に30分間放送しているハイライト番組『熱闘甲子園』も、16回中11回が10%を超えました。関東地区の全16回の視聴率は、平成10年の松坂大輔投手(横浜=現西武)が活躍したときの9.1%をわずかに上回る9.2%でした。昨今のプロ野球不人気といわれる中、高校野球の人気は健在であることが、これで証明されました。
今年の『第88回全国高校野球選手権大会』は、大会の歴史に残る名勝負が数多く、長く後世に語り継がれる大会となりました。
平成18年8月21日3:43PM、閉会を告げるファンファーレが鳴り響き、『紅白歌合戦』同様『蛍の光』が演奏され、大会の幕は下ろされました。
今年の大会のキャッチコピーは“夏の仲間にありがとう”。
まさに高校球児は“夏の仲間”そのものです。
そして、高校野球も“その感動もあなたの受信料から”という言葉がふさわしいスポーツでもあります。

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2006年8月17日

こんな社会に誰がした(その2)

7月31日から8月3日にかけて、朝日新聞が偽装請負についての特集記事を掲載していました。
1990年代の前半にバブルが崩壊して不況に入った後、日本企業は相次いで新規採用を抑制、特に女子については採用抑制を強化したり、採用そのものを取りやめ、主として配属する間接業務を派遣労働者やパートタイム労働者に置き換えていきました。
その後も不況は長引き、人件費の安い韓国・中国との競争に対応するため、企業は人件費の高い中高年社員に対し、希望退職者募集などの雇用調整に乗り出しました。いわゆる“リストラ”です。中には20代後半の従業員までリストラの対象とする企業も出ました。
21世紀に入ってからの最初の5年間、まもなく退陣する小泉純一郎首相が政権を握ると、企業はさらに新規採用を抑制、中でもNTT東西は平成13~15年まで、新卒採用を凍結、そして平成14年5月には2社およびその傘下の子会社の50代社員を子会社へ転籍させて給与を最大30%引き下げる、合計約11万人が対象となる大規模な合理化を行いました。
このような企業のリストラ強化のたびに財界の労働行政への発言力は一層強まり、派遣労働や有期契約労働などの規制緩和が図られました。また、企業も成果主義賃金制度を導入、これに基づいて景気に関係なく新規採用を抑制、その結果、ごく少数の幹部候補生と大多数のニート・フリーターを生み出しました。そのニート・フリーターの雇用の受け皿が“偽装請負”でした。
朝日新聞では、松下電器産業のプラズマテレビ製造子会社、松下プラズマディスプレイの例を取材していました。地上デジタル放送が全国で始まり、液晶・プラズマテレビの需要が多くなっています。全世界で売上№1を誇るプラズマテレビを製造しているこの会社は、大阪府茨木市に本社があり、テレビ放送を受信して映し出すプラズマディスプレイパネルを生産しています。茨木市の他、兵庫県尼崎市にも工場があります。
この松下プラズマディスプレイの茨木工場では、親会社・松下電器産業からの出向者(約730人)と複数の下請け会社からの派遣労働者(約700~800人)が混在で働いています。偽装請負は、企業が人件費削減のため、業務の一部を外部の企業に委託するとはいうものの、実態は労働者派遣と同じく、委託主が請け負い先の労働者を直接指揮・命令するというもので、本来なら労働者派遣法違反となります。業務請負先の労働者は松下電器産業からの出向者と同じように働きますが、業務請負先の労働者の賃金は松下電器産業からの出向者の半分以下(中には3分の1というところも)。それだけでなく、各種社会保険にも加入できず、労働組合にも入れず、安全責任もあいまい、そして何かあれば請負契約を打ち切られ業者ごと首を切られることもあります。
IOC(国際オリンピック委員会)のオフィシャルパートナー企業として、スポーツの感動を全世界に伝えるための放送機器を製造・納入するほど、多国籍企業である松下電器産業。その松下電器産業も3年前、グループ全体での巨額の赤字に転落したのを受け、海外への生産移転や従業員の希望退職者の募集など、中村邦夫前最高経営責任者(CEO)のもとでリストラが行われてきました。一方で、技術の海外流出を防ぎつつ国際競争力をつけるため、プラズマテレビやハイビジョンレコーダなどのハイテク商品の生産では、正社員の採用を極力抑え、工場での労働力は「アウトソーシング(外部委託)」方式として請負業者に委託しました。人件費を徹底して押さえ、雇用調整に備えるのがねらいで、企業の都合で“雇用の流動化”が進みました。
平成15年4月に労働者派遣法が改正され、製造業でも派遣労働ができるようになりました。たとえグループ内であっても、外部の労働者を指揮命令して使うには、労働者派遣法に基づいて使用者責任や労働安全上の義務を負う派遣契約を結ぶことが必要です。加えて、派遣労働では派遣先に派遣できる期間は1年(来年4月から3年に延長されます)に限られ、1年を過ぎると正社員として直接雇用を申し込むことも同法により義務づけられています。
松下プラズマディスプレイは同法に基づいて昨年の7月、大阪労働局から「事実上派遣で違法状態」と認定され、偽装請負の是正指導を受けました。これを受け同社は、請負労働者全員を派遣契約に切り替えました。
ところが今年5月、派遣契約を全面的に請負契約に戻し、これまでパネル製造ラインで指揮命令する立場だった松下社員を「技術指導」の名目で、1年間の期限付きで複数の請負会社に出向させました。すなわち松下電器産業は、「今は請負会社に技術革新に対応するノウハウがなく、社員が出向して指導し、力をつけてもらっている。事業戦略上必要な出向であり、脱法行為のつもりはない。」としてはいるものの、あくまでも韓国のサムソン電子など外国メーカーとの競争に勝ち抜くため、松下プラズマディスプレイの製造業務を請負会社に丸投げして、人件費をさらに削減するとともに、松下社員を請負会社の社員にすり替え、指揮命令の違法性を形式的に回避したものだとの見方が出ており、この手法が「合法」と認められれば他の大手メーカーも追随し、今の若者の超低賃金が拡大する可能性があります。要するに、派遣労働者を正社員として雇いたくない、偽装請負なら簡単にクビを切れるというのが、松下プラズマディスプレイの本音なのです。
また、尼崎工場でも、県内在住の派遣労働者を新規採用したとして、県の雇用補助金総額2億4000万円以上を受け取った後まもなく、補助対象外の請負への切り替えを進めていることが明らかになりました。
昨年9月に操業を開始した尼崎工場では、生産を開始した時点で、1年以内に派遣労働者をすべて請負に切り替えると、派遣元企業に伝えていました。ここでも、派遣労働者を正社員として雇いたくない、偽装請負なら悪条件でこき使える上でクビを切りやすいという松下プラズマディスプレイの本音があらわになったのです。
さらに、こんな告発もありました。松下プラズマディスプレイの茨木工場で働いていた請負労働者が、「工場で違法な偽装請負が行われている」と大阪労働局に内部告発し、その後、同社から差別的扱いを受けたなどとして損害賠償を求めて同社を大阪地裁に提訴していることがわかりました。この請負労働者は昨年3月、時給の安い別の請負会社に転籍するよう松下社員に迫られたことをきっかけに、大阪労働局に内部告発しました。しかし、松下プラズマディスプレイはその報復として、不良パネルの再生と称して他の従業員から1人だけ隔離し、朝会に参加させない、身分証を発行しないなどの嫌がらせを行いました。そして今年1月いっぱいで雇用契約満了とともに職場を追われ、差別的扱いを受けたなどとして損害賠償を求めて同社を大阪地裁に提訴しています。
この松下プラズマディスプレイのように外国との競争にさらされている企業は、“偽装請負”という形で、技術力を維持しながらも、アジア諸国並みに人件費を抑えてきました。この5年間、新卒採用抑制・厳選採用のあおりを受け正社員になれなかった若者が、“偽装請負”の下請け業者に就職、超低賃金・健康保険非加入・不安定雇用という形で雇用されています。そして、新卒の段階で正社員になれなかった若者は、なかなか正社員になるチャンスがなく、ニート・フリーターから永遠に脱却できなくなります。この結果、日本のサラリーマンは、ごく少数の“エリート・幹部候補生”と大多数の“ワーキングプア”という極端な2層化体制となりました。
そして来年から“団塊の世代”が相次いで60歳、定年を迎えることから、労働力が不足することが予想されます。企業は、来春の新卒採用を1990年代前半のバブル期並に増やしています。しかし、バブル崩壊でそのときの入社組がだぶついた上、成果主義人事制度をしいている企業は採用数は増やしても、選考基準を超氷河期並に維持して厳選採用主義をとっており、上位大学の学生に複数内定が集中し、逆に多くの学生は内定がもらえず、さらに格差の拡大が生じることが懸念されています。
こうした“偽装請負”“厳選採用”によって、さらに貧富の格差を拡大させ、結婚しにくくし、出生率の低下、さらには人口減少、高齢化社会という悪循環を招いております。
美空ひばりさんの歌に『こんな女に誰がした』という歌がありましたが、まさに「こんな社会に誰がした」ということになりますね。
こうした中、“団塊の世代”大量退職がもたらすいわゆる“2007年問題”に対応すべく、新卒採用抑制・厳選採用をしいてきた企業側に、見直しの機運が広がってきています。(つづく)

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2006年8月 3日

こんな社会に誰がした?(その1)

先週の23日の日曜日、NHKで『ワーキングプア・働いても働いても豊かになれない』という番組がやっていました。26日の未明(25日の深夜)にも再放送されていたので多くの方がご覧になっていたと思いますが、ご覧になりましたか?
番組では、30代半ばのフリーターや、農業で食っていけなくなって集団移転していった農家、地方の商店街で認知症で入院中の妻をかかえながら服の仕立て屋を営む60代の男性、妻の死後、男手ひとつで小学生と中学生の2児を育てながらリストラされ、再就職もなく夜勤を含めたバイトを3つ掛け持ちしていたという50代の男性の4つのケースを紹介していました。
“ワーキングプア”とは、働いても働いても、普通に生活出来る賃金が得られず、生活保護水準以下の収入しか得られない人たちのことで、その人数は日本国内で400万人といわれています。
バブル崩壊後、日本は長い月日の間、不況にあえいでいました。企業は業績悪化を受け、新規採用を減らすとともに、中高年社員に対し希望退職者募集や出向などを命じ、人員削減を行いました。
その後、北海道拓殖銀行や山一證券など、大手企業の経営破綻が相次ぎ、また、第一勧業・富士・日本興業の3銀行が共同持ち株会社方式による経営統合により“みずほフィナンシャルグループ”の誕生を手始めに金融界が5つの金融グループに再編、商法(現会社法)の会社分割制度の創設、そしてことある事に労働者派遣制度の規制緩和など、日本の経済環境が激変していきました。また、平成10年には韓国で通貨危機が起こり、日本でもデフレが長期化するなどもありました。
このように、日本企業は新規採用を必要最小限の人数の幹部候補生に限り、製造などの現業部門は下請け子会社で有期契約、パートタイム、派遣労働者として雇用、人件費を削減し、国際競争力をつけてきました。
NTT東西も例外ではなく、平成14年5月には東西の子会社を含む合計11万人を対象とした“第1次構造改革”により、満51歳以上の社員はNTT東西を退職して県域・地域子会社に転籍、給料も本体在籍時の15~30%引き下げという措置をとりました。そして昨年7月にはNTT東日本、1年遅れて今年7月にはNTT西日本が“第2次構造改革”として営業系・設備系・総務系の3業態の地域子会社を1社に統合、法人向けの営業に従事していた社員も出向となりました。沖縄でもNTT-DOとNTTビジネスアソシエ沖縄が合併、NTT西日本沖縄となりました。NTT西日本沖縄の最高経営責任者(CEO)を兼務するNTT西日本沖縄支店の本田健一支店長は「業務形態見直しによる効率化が目的で、リストラや合理化を意図したものではない。」としていますが、今後、光ファイバー・IP電話の普及拡大で余剰人員が発生することが目に見えており、現在NTT東西から県域・地域子会社に“出向扱い”となっている社員についても転籍とし、既に転籍となっている50代社員と同様の給与水準に引き下げとしようとしています。そして、成果主義賃金制度が強化され、光ファイバーサービス加入者獲得の営業ノルマがすべての社員に課され、達成できなければ給料を引き下げられるというそうです。また、NTT東西の法人向けサービス部門をNTTコミュニケーションズに移行し、NTT東西から約1200人を同社に転籍させるとしています。NTT東西が実質50年定年制に対し、コミュニケーションズは60歳まで働けるとのことです。
このように企業はごく少数の幹部候補生・エリートと、派遣・パート・有期契約の大多数の低賃金労働者に、人間を選別していったのでした。そして人件費の削減によって捻出した利益を株主に還元していったのでした。その結果、今日の“格差社会”が形成されていったのです。
ある経済週刊誌を立ち読みしていたところ、3年連続でグループ全体で1兆円を超す利益を上げた、今や世界一の自動車メーカー、トヨタ自動車でも、「乾いたタオルをなお絞る」という“KAIZEN”運動によって極限まで効率化を追求、アジア諸国並みにコストを削減してきました。グループ全体で1兆円を超す利益にもかかわらず国際競争力を強化するため、「業績の改善分はボーナスで報いる」として3年間ベースアップを凍結してきました。そして人員削減と生産量の増加という労働強化を従業員に求めました。
その結果、日本国内で売り上げの№1、№2を占めるヴィッツ、カローラなど12車種で、エンジンの回転状況などを感知するセンサーの一部に欠陥があったとして、国土交通省にリコール(回収、無償交換)を届け出ました。その対象となったのは平成13年に製造された26万8570台。昨年秋には、平成12~14年に製造された127万6232台を対象としたトヨタ史上最大規模のリコールもありました。また、生産現場も、労働者は“疑似裁量労働制”といっていいほどの長時間労働・サービス残業、また下請け部品メーカーにはコスト削減を押しつけられ、赤字決算を強いられました。そしてこの手法が、“トヨタ生産方式”として、中部国際空港の建設現場や、来年秋に分割・民営化を控えた日本郵政公社にまで波及しているのです。
この“トヨタ生産方式”の本当の姿が、最近になって明らかになってきました。すなわち、トヨタの正社員が、長時間労働の蔓延など労働強化によってうつ病を患い、過労死・過労自殺するケースが多くなっています。正社員も成果主義・裁量労働制によって長時間労働が蔓延、週60時間働いたり、1ヶ月の超勤時間が100時間を超えるケースも多く、過労死・過労自殺多発の要因になっているようです。
このトヨタ自動車をはじめとする日本企業は、バブル崩壊後、正規社員の採用抑制、希望退職募集、成果主義賃金制度などによる血のにじむ人員削減、いわゆるリストラによってバブル時代の贅肉(固定費)をそぎ落とし企業業績をあげました。その一方で、リストラで残った従業員は慢性的な長時間労働を余儀なくされ、しかも残業手当もろくに払われず、家庭生活や地域生活などまで破壊させてしまいました。
こうした中で、朝日新聞が大手電機メーカーの偽装請負労働問題を報じていました。(つづく)

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