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2005年8月24日

2連覇の歓喜から一転、駒大苫小牧高校に何が?

平成17年8月20日3:17PM、駒大苫小牧高校の2年生、田中将大投手の球速150km/hの球を京都外大西高校の寺本一貴選手が空振りした瞬間、日本高校野球の歴史に残る大きな1ページが加わりました。8月6日から甲子園球場で開催されていた『第87回全国高校野球選手権大会』で、駒澤大学付属苫小牧高等学校が、57年ぶり、戦後2校目、史上6校目の2連覇を達成しました。
その駒大苫小牧高校で、大変残念な事件が発覚しました。駒大苫小牧高校の野球部長が6月にある部員に「態度がなっていない」という理由で顔を殴られ、さらに大会開幕直後の8月7日に宿舎で食事を残したという理由で正座をさせられた上でスリッパで顔を殴られたということが発覚しました。
この部員は3年生で、部長に2度も殴られた上、ベンチ入りの18人にも入ることができませんでした。アルプススタンドで応援に回った彼はどのような思いで駒大苫小牧ナインを応援していたのでしょうか。
駒大苫小牧ナインは部員全員の団結とがんばりで、昭和22~23年に福岡県の小倉高校が成し遂げて以来、それも昭和59年、桑田真澄投手、清原和博選手(いずれも巨人)を擁して連覇に挑んだPL学園高校でさえ、決勝戦で木内監督率いる取手第二高校に2連覇の夢を阻まれたほど、難しいとされていた夏の大会2連覇の偉業を達成しました。試合後のヒーローインタビューで、林主将は「みんな、最高だ!!」と叫び、8月6日の開会式で主催者に渡した優勝旗を閉会式で再び手にし、全国の高校野球ファンを感動させました。
この57年間にわたりどの高校もなしえなかった偉業を成し遂げた駒大苫小牧ナインの統括にあたる野球部長(それも27歳の若手)が、部員に体罰的暴力をふるった上、そのことを高野連に報告していなかったというのを聞いて、私はショックになりました。きのう札幌市と苫小牧市で行われる予定だった優勝報告会も中止になり、優勝セールも取りやめになりました。
高野連では駒大苫小牧高校から報告書が届き次第、優勝の取り扱いを含め慎重に審議するとしていますが、今回の事件は、暴力をふるった27歳の野球部長にすべての責任があり、選手の皆さんには責任はないと私は考えます。ただ高野連への報告が遅れたことは問題になるとは思いますが。一部の報道では「優勝取り消しの可能性も」「来月の秋季大会の出場も危うい」などという報道もありますが、今回の優勝は部員達の活躍によってもたらされたもの、学校みんなのであって、部長一人の体罰的暴力により優勝が取り消されてはならないと思います。その場合、90年以上に渡る大会の歴史に汚点が生じるだけではなく、優勝の栄冠を勝ち取った部員(特に部長の暴力を受けた生徒)が傷つくことになります。今大会前に不祥事で出場を辞退した明徳義塾高校の場合は、部員が起こした不祥事によるものですが、駒大苫小牧高校の場合は部長の体罰的暴力によるものであって、学校の野球部全体に連帯責任を負わせることはやめるべきだと思います。そして、駒大苫小牧高校は暴力をふるった野球部長(現在無期謹慎処分中)を懲戒解雇に処すべきです。
部長の暴力事件でショックとなっていますが、被害にあった元部員に対しては、暴力によるショックを乗り越えてこれからの人生を歩んでいってほしいし、また、1・2年生の部員に対しては、2連覇の偉業を胸に、今回のショックにめげずに新しいチームでの活躍を期待したいと思います。

沖縄国際大学での米軍ヘリ墜落事故を風化させるな!
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2005年8月13日

沖国大ヘリ墜落事故から1年

昨年の8月13日、宜野湾市の沖縄国際大学のキャンパスに、米軍普天間基地所属のヘリコプターが墜落しました。あれからちょうど1年が経過しました。
この日、私は職場で仕事をしながらNHKラジオの高校野球中継を聞いていました。2:45PMごろ、高校野球中継が中断し、福岡放送局・神田愛花アナウンサーさんの声で「高校野球の途中ですが臨時ニュースを申し上げます」のしゃべり出しで、沖縄国際大学のキャンパスに米軍のヘリコプターが墜落した旨の速報が出されました。私は驚きました。
ヘリ墜落のニュースはこの日の夕方や夜のニュース番組で、全国に報道され、全国のお茶の間に大きな衝撃をもたらしました。
私にとって、とっても気がかりな女子学生がいました。その女の子は、沖縄国際大学の総合文化学部の2年生で、3年前、浦添高校の2年生だったとき、浦添市社会福祉協議会のボランティアキャンプの一環として私の職場に職場実習に来てくれました。しかも、彼女は当時、浦添市のコミュニティFM局・FM21にも出演していたとあって私はうれしく思いました。顔が国仲涼子さんに似ている上、今どきの女子高校生としては珍しく携帯電話を持っていない(親の方針らしいか?)、かわいくて健全な育ち方をした女の子という印象が残っています。翌年の2月に局の番組リストラで彼女が出演していた番組が急に打ち切られたときは、私も残念に思いましたが、この無念は大学受験で晴らしてほしいと、引き続き応援していました。そして見事、沖縄国際大学の総合文化学部に進学することができました。私は沖縄国際大学のキャンパスに米軍のヘリコプターが墜落したというニュースを聞いたとき、「せっかく沖国大に入ったのに、だいじょうぶかな、彼女。」と心配していました。幸い大学が夏休み期間中だったため、心配事には至りませんでしたが、沖縄国際大学は普天間基地のすぐ近くにあり、一歩間違えれば基地周辺の住民や学生が居住しているアパートにも影響が出るとあって、多くの団体から普天間基地の早期撤去を訴える声が高まりました。
私は昨年の11月に沖縄国際大学の学園祭に足を運び、黒こげになった1号館を見てきました。米軍ヘリ墜落事故の悲惨な実感がわいてきました。しかし、総合文化学部日本文化学科1年生の民話劇『鬼慶良間』を見逃してしまいました。これは日本文化学科1年生の必修科目『日本語表現法演習』の授業の成果を披露する舞台で、前述の女子学生が出演していたと見られ、とても残念に思いました。
ヘリ墜落事故から1年、ヘリ墜落の舞台となった1号館は取り壊され、黒こげになった外壁は保存され、モニュメントとして活用される予定です。そして今年11月をめどに新1号館が着工される予定です。
私たちは事故から1年になるのを機に、沖縄国際大学での米軍ヘリ墜落事故を風化させることなく、後世に伝えていこうと考えています。
今年5月、沖縄国際大学の野球部は九州大学野球大会で優勝し、翌6月に神宮球場で行われた『第54回全日本大学野球選手権大会』に九州大学野球連盟代表として出場、エース・成底投手が好投したものの延長11回の末0-1で札幌大学に負けはしましたが、沖縄国際大学の健在ぶりをアピールできたと思います。

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ヘリが墜落して壁が黒こげになった1号館も今はない。(筆者撮影)
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5号館の屋上からは「NO FLY ZONE」と書かれたアドバルーンが上げられていた。(筆者撮影)

沖縄国際大学での米軍ヘリ墜落事故を風化させるな!
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電子マネー“EDY”、ついに沖縄本格上陸!

8月12日から、沖縄県内でサンエーと並ぶ流通企業グループ、リウボウグループで電子マネー「Edy」のサービスが始まりました。
「Edy」は、ソニーのグループ会社、ビットワレットが提供する電子マネーサービスで、その始まりとなったのが平成13年11月、全日空グループが導入したことでした。その後、商店街を中心に様々な産業界に「Edy」が導入され、7月末現在、加盟店舗数は約22,500店、カード発行枚数は約1,140万枚を数えています。最近では福岡市の老舗百貨店・岩田屋が導入、今月1日からは首都圏を中心にチェーン展開している大手ドラッグチェーン・マツモトキヨシグループもサービスを開始しています。また、NTTドコモグループも“おサイフケータイ”の商標でカード同様のサービスを提供し、9月からはKDDI(沖縄県は沖縄セルラー電話)、そして年内にもボーダフォンでも“おサイフケータイ”対応の携帯電話機を発売する予定です。
「Edy」は、あらかじめ現金をチャージしておき、レジのリーダーで「Edy」機能付きのカードや“おサイフケータイ”をかざすだけで支払いが済み、つり銭のやりとりがなくて済むという便利な決済方法です。使い捨ての磁気式のプリペイドカードと違い、何回もチャージができます。
すでに沖縄県では、那覇空港の一部の売店や沖縄ハーバービューホテルなどの全日空系列のホテルなど、観光関連の施設・店舗で「Edy」が導入され、本土からの観光客が利用していますが、きょうからはリウボウグループ傘下のデパートリウボウ(ゆいレール県庁前駅近く)、リウボウストア(天久りうぼう楽市や首里りうぼうなど8店)、無印良品(3店)、それに沖縄県内のファミリーマート(168店)で「Edy」が導入され、これで沖縄県ではすでに導入している350店舗と合わせて、合計530店舗で「Edy」が利用できるようになりました。
県内の金融機関も電子マネーの普及促進に動いています。琉球銀行では、Edyに現金をチャージできるEdyチャージャーを、久茂地の本店と松尾支店の2か所に設置、今後設置数を増やしていく予定です。また沖縄銀行も久茂地の本店など5か所にチャージャーを設置、今後拡大する予定です。
今まで本土の観光客が使うだけで県民生活になじみの薄かった電子マネー。沖縄の2大流通企業グループ、リウボウグループ、しかもコンビニエンスストアが導入したことで、いよいよ本格的に電子マネーが県民にとって身近な存在になりつつあります。

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2005年8月11日

沖縄都市モノレール開業から2年

今から2年前の8月10日、沖縄県にとって半世紀ぶりの軌道交通、沖縄都市モノレールが開業しました。空港から首里まで27分、定時・定速で走る交通として那覇市民の生活に定着しています。
この1年の営業成績を見てみますと、昨年の8月には那覇市と沖縄バスが共同で行い、後に今年2月に沖縄バス単独で事業化されたコミュニティバス“首里城下町線”を開業し、12月25日には従来の日中12分、夕方10分間隔を日中10分、夕方8分間隔にして利便性を高め、さらに今年4月には1日何回でも乗車できるフリー乗車券を600円に値下げしました。(2日用も1000円に、3日用も1400円に値下げ。)こうした営業努力で、1日当たりの乗客数を3万人以上を維持してきました。しかし、まだまだバス路線とのリンクは古島駅でのバイパス経由中部方面とだけで充実しておらず、今後の課題といえます。
その沖縄都市モノレールを延伸しようという動きが出てきました。現在、沖縄都市モノレールは首里駅が終点になっています。その首里駅から沖縄自動車道の西原入口まで延伸させようという話があがり、来年度の国家予算に調査費を盛り込もうとしているのです。当初の構想として、沖縄自動車道との接続が盛り込まれていましたが、沿線開発、とりわけ首里石嶺地区の道路整備が遅れていたため首里駅までにとどまっています。考えられる延伸案として、(1)首里駅から石嶺団地入口三差路、石嶺入口三差路(沖縄県総合福祉センターを経由する可能性も)を経由して沖縄自動車道の西原ICまで、(2)首里駅から県道29号線を直進して西原町幸地へ、(3)首里駅から沖縄自動車道の首里ICへという3案が出ていますが、首里駅の車止めが石嶺団地入口方面を向いていることから、(1)の案が有力じゃないかと私は思っています。
また、運賃収集の新しい方法として、非接触型ICカードを導入することも検討しなければならないでしょう。現在、沖縄都市モノレールではプリペイドカードを導入しており、1000円、3000円、5000円の3券種を用意しています。駅の券売機のほか、那覇空港の到着口やホテルにもプリペイドカード券売機を設置して販売促進をしています。しかし、今のプリペイドカードは磁気式で使い捨てになっています。非接触型ICカードを導入すれば、リーダーにかざすだけで何回でもお金をチャージして使えるなどの利点もあります。JR東日本の“Suica”やJR西日本の“Icoca”が使えるようになれば、普段の通勤に使っているIC定期券を使って、沖縄都市モノレールを利用できれば、と思っています。
開業から2年が経過し、那覇市民の足として、また本土からの観光客の足として定着してきた沖縄都市モノレール、今、その沖縄都市モノレールの延伸に、財政難の中で注目が集まっています。

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2005年8月 6日

競争激化が招いたJR宝塚線の悲劇(エピローグ)

少し遅れたエピローグになりましたが………。
4月25日、JR西日本宝塚線、伊丹-塚口間で107人の犠牲者を出す事故が発生してから、3カ月が経過しました。宝塚線は6月19日、運転を再開しました。8月には犠牲者の百箇日法要、そして初盆を迎えようとしています。
このウェブログではJR宝塚線の脱線事故を受け、特集を組んで、JR西日本のみならず、3年前に東西グループ合わせて11万人規模の合理化を行ったNTT東日本・NTT西日本、そして民営化論争が国会で取りざたされている日本郵政公社について、そこで働く従業員がどんな合理化攻撃をかけられているのか、どのような弊害がもたらされたかを検証してみました。
検証にあたり、いくつかの労働組合のウェブサイトやウェブログなどを取材しました。その多くで、過酷な労働条件と低賃金によって資本の締め付けにあえぐ労働者の切実な悲鳴が伺えました。
このうちJR西日本は8年間、NTT東西は3年間、新規採用を停止、その結果、従業員の年齢構成にひずみが生じることになりました。新規採用を停止した上で、現業業務をアウトソーシング化し、多くの労働者を出向・転籍させ、人件費などのコストを削減した上で、売り上げが伸びなくても利益の出る体質に変えていきました。その過程で転籍に応じなかった社員に対し、遠隔地に飛ばしたり、わざと低い人事評価をつけて賃金を引き下げるなどの見せしめ処置をとりました。韓国や中国などのアジア諸国に比べて、まだまだ日本の給料は高いといわれているからです。
さらに、現場での労働者の締め付けは厳しく、人員は減らされ、1人あたりの労働量は大幅に増え、サービス残業や人件費が少なくてすむ派遣労働者や業務請負まで導入せざるを得ない状況になりました。労働現場は荒廃し、過労死・過労自殺は続出、まさに産業界の中での“戦争”と化しています。JR西日本でも、京阪神地区を中心に他社との競争に勝つために、過密な運行ダイヤが設定され、運転士にはダイヤ通りに運行できずにわずかな遅れでも“日勤教育”と称してかつての国鉄末期の“人活センター”のような仕打ちがかけられました。事故を起こした電車の運転士を含む乗客107名の犠牲者は、“産業戦争”に巻き込まれて犠牲になった“戦死者”といえるでしょう。そして日本郵政公社、平成19年4月の民営化に備えて導入された“新・マル生攻撃”ともいうべき“トヨタ生産方式”は、現場の従業員に立ち仕事などの過酷な労働を強要し、その結果、過酷な労働に耐えられずにやむなく郵政の職場を去った労働者もいます。とりわけ、先行導入された埼玉県の越谷郵便局では、“トヨタ生産方式”による過労死者も出ています。
7月1日に高部豊彦新社長の下、県域子会社1社統合などによる新体制で新たなスタートを切ったNTT東日本では、県域支店の法人営業部門などが新たにアウトソーシングされ、約6000人が出向となり、本体従業員は8000人となりました。高部新社長は、「営業・設備・総務の3業態に分かれていた県域子会社を1社に統合し動きやすくすることにより、光ファイバー・光IP電話の早期の普及を図るとともに、業務プロセスの改善やコストの更なる削減に取り組みたい。」と社長就任の抱負を語りました。今後、既に出向となっている社員や今回の再編で新たに出向となった社員を出向先に転籍させた上で、既に転籍となっている50歳以上の社員と同様の賃金水準に引き下げるなどのリストラ策が予定されているほか、今回の再編で営業系・設備系・総務系の3社を統合して新たに発足した県域会社21社の持ち株すべてを拠出し、広域設備管理子会社のNTT-MEを吸収合併させる形でNTT西日本の設備系子会社・NTTネオメイトと事業統合ということも予測されます。さらにテレマーケッティング子会社のNTTソルコも、北東北・南東北・北関東・南関東・東京・甲信越の6つの地域会社に分割した上で、NTT西日本のテレマーケッティング子会社、NTTマーケティングアクトと事業統合、ということも予想されます。また、NTTドコモとの間で固定電話と携帯電話の料金請求書の一本化を検討しており、NTTドコモグループとの事業統合もあり得るだろうとされています。これに対し、NTTグループ最大のライバル、KDDIの小野寺正社長は毎日新聞のインタビューで「何のために東西分割したのか分からない。従業員に転籍や労働条件の切り下げの犠牲を負わせるリストラのたびに(グループ各社が)持ち株会社のもとに再集結し、悪い方向に行っている。」「公平、公正な競争条件にあるのかどうか、国民にとって問題はないか、という議論がない。」と批判しています。
JR西日本やNTT東日本だけではありません。JR西日本やNTT西日本と同じく大阪府に本社のある松下電器産業や三洋電機でもリストラが行われています。3年前の大赤字で中村邦夫社長の下で構造改革に取り組んできた松下電器産業は、今年、業績回復したにもかかわらず「韓国・中国との競争は激しく、危機感は続く。」として国内の半導体工場を対象に、1000人の希望退職者を募集しています。中村邦夫社長の下で平成13年から始まった経営改革での累計削減数は27,000人に達しました。また、7月22・23日に開催されたプロ野球オールスターゲームのスポンサーとしてもおなじみの三洋電機では、元テレビキャスターの野中ともよさんを会長兼最高経営責任者に迎え、国内グループ全体で8000人の人員削減を行おうとしています。新潟県中越地震やデジタルカメラ不振などの影響で今年3月期の連結決算で最終損失が1715億円と過去最悪の赤字に陥ったためです。野中会長は「三洋電機の再生のため相当の痛みも覚悟しなければならない」と強調しています。
さらに看過できないのが、21世紀を担うはずの若者達が、企業の新卒者採用抑制・厳選採用主義の影響で就職からあぶれ、また親がリストラされた影響で大学にも行けず、フリーターやニートがごろごろしているのが目に付きます。7月22日に厚生労働省が発表した労働経済白書では、フリーター・ニート合わせて277万人と、過去最高水準が続いていると書いてあります。企業は、新卒者の採用を幹部候補や即戦力に限った上で、派遣労働者や請負労働者など、不安定雇用を有効に活用して人件費を削減しようという考えです。こうしたフリーターやニートといった若者は正社員としての就職も難しくなり、小泉構造改革が生み出した深刻な社会問題となりつつあります。
このようにして21世紀の初頭の5年間で、私たち労働者は、さまざまな業界でリストラ・合理化の憂き目を見てきました。会社分割・アウトソーシング・賃金切り下げ・パートタイマー化・雇用流動化…こうしたリストラ・合理化の背景には、韓国や中国など東アジア諸国との競争が激しく、経済のグローバル化というのがありました。
中高年の社員に対しては、希望退職者を募集して早期に職場を去った者もいれば、平成14年5月のNTT東西の約11万人規模のリストラでアウトソーシング会社に転籍となり、30%もの年収ダウンを余儀なくされました。
また、30代、40代の中堅社員に対しては、成果主義賃金の導入が蔓延、その運用は年々厳しくなり、直属上司の考え次第では賃金を一方的に引き下げられ、将来の幹部候補の選別とリストラに利用されているところも多いようです。今後、平成初期に大量採用された“バブル入社組”が40代に差しかかろうとしている中で、リストラのターゲットになることもあります。(いや、既にそうなっています。)
そして21世紀を担うはずの20代の若者達は、学校卒業時の企業の新卒者採用抑制・厳選採用主義によって、ごく少数のエリートと大多数の派遣労働者・請負労働者・パートタイマー・フリーター・ニートといった“貧民”に2極化されました。
職場環境も悪化し、人減らしのしわ寄せで残った労働者の労働量が増加、残業手当を払わないサービス残業も横行、中には月に100時間を超える残業をこなす労働者も続出、その結果、過労死・過労自殺・うつ病が続出する結果となりました。企業は、人減らしと労働強化により、労働者一人当たりの生産性を高めると同時に、職場環境を外国企業との“戦場”に変えていきました。
しかし、平成19年以降、少子・高齢化の影響で日本の人口は総人口・労働力人口ともに減少するといわれています。第2次世界大戦終戦直後の“第1次ベビーブーム”の時期に生まれ、大量に企業に採用された“団塊の世代”が、平成19年以降相次いで大量に定年退職を迎えるからです。
多くの企業ではこれに備えて、また年金受給年齢の引き上げ対策として、定年を延長したり、60歳定年後も契約社員として再雇用したり、また新規採用数を増やしたりするなどの対策を取り始めています。まもなく定年を迎えようとしている“団塊の世代”が大量に退職していく中で、次の時代を担う若者への技能・ノウハウの継承が最大の課題といわれています。しかし中には既に、バブル崩壊後の不況による希望退職者募集によってこの世代の社員が減っている企業もあり、これらの企業では問題はないとされています。また、光ファイバー・IP電話への転換を進めているNTT東日本・NTT西日本のように、“団塊の世代”の技能・ノウハウ継承の意味がなく、また、年金保険料負担増による人件費の増大も予想されるために、更なるリストラもやむなしという企業もあります。
バブル崩壊後の不況と経済のグローバル化、中国・韓国などのアジア諸国との競争激化によるデフレ、そして外国人の“もの言う株主”の増加…日本企業はこの10年間、“リストラ”の名の下に中高年の希望退職者募集や会社分割・アウトソーシングによるグループ会社への出向・転籍、成果主義賃金の導入、新規採用の抑制、派遣・パートなど格安労働者の有効活用などにより、人件費の抑制・雇用の流動化の政策を行い、その結果、業績は回復し、景気も回復してきた兆しが見えてきました。その一方で、労働現場では慢性的な長時間労働や残業手当を払わないサービス残業、遠隔地とばしなど会社のリストラ方針に従わない者への見せしめ措置、派遣・請負・パート労働者に対する処遇差別(例えば健康保険の不適用など)など、経営層による強引かつ過酷な支配のもとで苦しい思いをしてきました。そんな中で引き起こされたのが、JR宝塚線の事故であると思います。
JR宝塚線の脱線事故は、さらなる利益の最大化と効率化を求められた中で、また他の鉄道事業者との間での競争を勝ち抜くために過密・履行不可能なダイヤを組み、運転士を懲罰的な“日勤教育”のおどしのもとに支配していった過程で発生しました。また、国鉄の分割・民営化前後に長期にわたる新規採用の取りやめや急激な人員削減を行った結果、世代間の人員構成にひずみができたため、次代を担う若手への運転技能・ノウハウの継承が途絶え、若い運転士に自己責任が問われ、結局このような悲惨な事故を引き起こしたものと見られています。
あと2~5年で、“団塊の世代”の多くは定年で退役します。そして、日本の労働力人口は減少に転じ、少子・高齢化社会にますます拍車がかかります。バブル崩壊後のこの10年間、日本企業は希望退職者募集や新卒者採用抑制など、リストラに次ぐリストラの結果、組織はスリム化され、売上が伸びなくても利益の出る体質になり、景気回復は着実なものとなりました。その一方で、若い労働力が正社員ではなく、派遣・パート・請負などの不安定かつ低賃金での雇用が増え、また正社員も“少数の幹部候補”と称されては行き過ぎた人員削減の影響で過密労働が増え、企業経営はもとより社会的なひずみとなりました。“団塊の世代”の大量退職が始まる前に、厳しいリストラの副作用となったこのひずみを解消すれば、労働者の勤労意欲が高まり、明るい職場環境や明るい社会が開けてくると思います。
働くものにとっての明るい未来が訪れることを願っていますが、もしそれでもリストラに走る企業があれば、それは外国資本の支配力が強く、株主利益のために労働者に犠牲を強いるのを好むというような企業であることだと思います。
最後に、JR宝塚線の脱線事故で亡くなられた107人の犠牲者のご冥福と、負傷した皆様の一日も早いご回復をお祈り申し上げ、6回にわたってお送りしてきた『競争激化が招いたJR宝塚線の悲劇』を終わります。

この連載についてのご意見・ご感想を電子メールでお寄せください。
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