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2005年5月28日

競争激化が招いたJR宝塚線の悲劇(その3)

JR西日本の二の舞になりそうなNTT西日本
安全を度外視して利益至上主義に走ったあげくに107人もの死者を出すJRグループ過去最悪の参事となった宝塚線の脱線転覆事故を起こしたJR西日本。このJR西日本の二の舞になりそうな企業があります。JR西日本と同じ大阪市に本社があり、国鉄や専売公社とともに国の3公社だったのがJRより2年早く民営化されたNTT西日本です。
NTT西日本(本名:西日本電信電話株式会社)はNTTグループの再編・持ち株会社制導入によって、NTT東日本やNTTコミュニケーションズとともに平成11年7月に誕生、静岡県や富山県より西の東海・北陸・近畿・中国・四国・九州・沖縄地区の30府県で地域通信事業を展開しています。
そのNTT西日本は平成14年5月、マイライン導入による競争激化と構造的な赤字経営の打開を目的として、大規模なリストラを断行しました。西日本地域30府県の支店で個人・中小企業向けの営業や設備保守、総務・施設管理などの間接業務に主として従事していた社員約35,000人を業務委託子会社に転籍・出向させるもので、その大規模なリストラは、我が国の労働界に大きな影響を与えました。
NTT西日本は昭和60年の民営化後、テレマーケッティング子会社やテレコムエンジニアリング子会社などを相次いで設立、余剰人員を出向させて事業を展開してきました。この大規模なリストラはこれらの子会社を再編した上で、すでに出向している社員を含むアウトソーシングの対象となる社員を移行させる形で行われました。51歳以上の対象者は一旦NTT西日本を退職しアウトソーシング会社にNTT西日本在籍時の70~85%の給与水準に切り下げて再雇用という形をとります。また、50歳以下の対象者はNTT西日本に在籍のままアウトソーシング会社に出向という形をとりました。
116業務など個人・中小企業向け業務は、NTT西日本の傘下にあるテレマーケッティング子会社4社を地域ごとに16社(東海4、北陸1、近畿3、中国3、四国1、九州3)に会社分割した上で委託し、4社の本社機能と東京の営業拠点を合併させて営業系の中間事業持ち株会社とし、NTTマーケティングアクトグループとしました。設備の点検・保守などの技術業務も、NTT西日本の傘下にあるテレコムエンジニアリング子会社6社を地域ごとに16社(東海4、北陸1、近畿3、中国3、四国1、九州3)に会社分割した上で委託し、6社の本社機能を合併させて設備系の中間事業持ち株会社とし、NTTネオメイトグループとしました。沖縄県については、NTT-DOに両系統の業務を委託し、全国で唯一の複合系子会社としました。さらに経理・事務や施設管理については、NTTビジネスアソシエとNTT西日本が共同で17地域ごとに総務系地域子会社を設立して委託しました。合計50社の地域子会社に細分化されることになりました。
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この合理化に際してNTT西日本では満51歳以上の従業員に対し
(1)「引き続きNTT西日本で60歳の定年まで働くが、遠隔地配転もあり得る。(60歳満了型)」
(2)「一旦NTT西日本を退職しアウトソーシング会社にNTT西日本在籍時の70~85%の給与水準に切り下げて再雇用、広域配転はなく、60歳定年後も65歳まで契社員として働ける。」
(3)「希望退職者募集に応募してNTT西日本グループを去る。」
の3つの選択肢を用意しました。
旧国鉄が分割・民営化でJRグループになる際、当時の国鉄当局は分割・民営化に反対する職員を“人材活用センター”に送り、草むしりやペンキ塗りなど本来の業務と関係ない業務に転換させました。特に国労の組合員が分割・民営化に反対するものとみなされ“人材活用センター”送りを強制され、国労脱退を促されました。昭和62年4月1日、国鉄はJR西日本など7つの新会社に生まれ変わったとき、人材活用センターにいた国労組合員は国鉄を解雇され、国鉄清算事業団送りとなりました。その数は全国で約7600人に達しました。JR西日本は民営化後も人員削減をしながら、阪急などの大手私鉄と競合する路線で、電車の増発やスピードアップを図り、その一方で運転士に対しては、わずかな遅れでも“日勤教育”を課しては運転士を見せしめにし、労働者を支配してきました。
NTT西日本当局やNTT労働組合は、満51歳以上の従業員に対し「NTT西日本に残っても仕事はない」「単身赴任してもらう」などと脅しながら退職・再雇用の選択を迫りました。その結果、対象者の97%が退職・再雇用の選択を余儀なくされました。満了型を選択した社員は全員が遠隔地に配転されました。労働契約承継法では会社を分割する際、分割の対象となる業務に主として従事する社員は本人の同意なしで転籍させることができますが、会社の一方的な労働条件の切り下げはできません。NTT西日本は、アウトソーシングと退職・再雇用という手法で、会社分割と同じ効果の上で労働条件を切り下げたのです。これを“業務委託型会社分割”といいます。NTT西日本はこのグループ再編後も毎年、51歳になる社員に対しても同じ手法で退職・再雇用の選択を迫り、60歳満了型を選んだ社員に対しては遠隔地に配転した上で成果主義賃金制度に基づく評価を一番最低のDにつけて賃下げを行うという見せしめの措置をとりました。
平成14年5月に新生NTT西日本グループが発足、地域子会社に転籍した社員の中には、月額で10万円、年収にして300万円もの賃下げとなった社員が大半を占めます。この世代の労働者にとっては、子供が大学生になっている人も多く、30%の賃下げは生活を圧迫させました。そしてその多くが、それまでの業務から外され、物品販売などに回され、重いノルマを課されました。
この大規模な合理化の結果、NTT西日本本体は売上は伸びなかったものの、合理化の効果が出て平成11年の分割による発足以来初の黒字決算を計上しました。大量の転籍と大幅な賃下げにより労働者を絞り上げた結果です。地域子会社もコスト削減や業容拡大の結果、全てが黒字決算となりました。
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度重なる合理化のたびに会社や労働組合の幹部の労働者に対する支配力はいっそう強まり、発足させた地域子会社に対して、NTT西日本からの業務委託を縮小し、業容拡大を図るよう徹底するとともに、労働者を過酷な労働強化で支配するようになりました。そして、会社のリストラ方針に異を唱える抵抗勢力や、NTT労働組合を脱退して抵抗勢力を組織しようとする労働者を徹底的に弾圧する政策をとりました。会社当局と労働組合が一体となって労働者から批判力を奪い、抵抗勢力に見せしめ的攻撃をかけ、もの言わず従順に指示に従う労働者に洗脳してきたのです。
設備系地域子会社に勤務している社員を例にとりますと、地域子会社の上には設備系中間事業持ち株会社(NTTネオメイト)・西村憲一最高経営責任者、その上にはNTT西日本、さらにその上にはNTT持ち株会社・和田紀夫グループ最高経営責任者、その後ろには外国人株主……NTT西日本は、多層にもなるいびつな構造で、労働者を支配しているのです。
日本の産業界全体に多大な影響を及ぼしたNTT東西合わせて11万人規模の大規模リストラから3年が経過しました。NTT西日本本体は年々伸び悩む固定電話に代わる新しい収益源として光ファイバーやADSLのブロードバンド事業に力を入れています。しかし、そのブロードバンド事業も、ケイ・オプティコムなどの電力系通信会社や、有線放送事業者から業態を変えたUSEN、ソフトバンクグループ、KDDIなどとの競争激化にさらされるようになりました。さらに固定電話も、KDDIや平成電電、ソフトバンクグループの日本テレコムなどが直収電話サービスの本格参入などを受けて競争はさらに激化してきました。
また、年金や新規採用中止による年齢構成の問題も深刻です。JR西日本では、国鉄再建法に基づいて昭和57年からJRに生まれ変わるまでの5年間、さらに生まれ変わった後も3年間、合計8年間、新規採用を停止していました。そのため、30代の中堅層の社員が極端に少なくなっています。NTT西日本は昭和50年前後の電話需要期、そのころはまだ電電公社といっていましたが、このときに大量採用された社員が多い上、平成13年から3年間、固定電話の需要落ち込みと赤字経営を理由に新規採用を停止しています。そのうえで大規模な転籍リストラを行った結果、平成11年の発足当時約67,000人いた社員も、今年3月31日現在では12,850人、約6分の1に減っていました。現在、20代後半の社員数が少なくなっている上、今後も本体としては必要最小限の幹部候補の採用にとどめる方針であることから、年齢構成の極端なかたよりが新たに生じるだけではなく、新規採用数や本体従業員数が減っても年金受給権者が減ることはない上に今後毎年、年金保険料が引き上げられ、NTT西日本の経営を圧迫することが目に見えてきました。
また、平成初期に大量に採用されたいわゆる“バブル入社組”の処遇の遅れも指摘されています。バブル経済に沸いた平成初期、産業界では人手不足などを背景に大量の新卒採用を行いました。しかしその後、バブル崩壊とデフレの影響で不況は長引き、多くの企業が中高年社員だけでなく、20代後半の若手、すなわち“バブル入社組”にまで希望退職者募集や片道出向・転籍などの人事措置がとられました。また、平成13年に導入された会社分割制度によって、分社化や事業統合などの事業再編が産業界全体に広がりました。
NTT西日本は3年前の大規模な転籍リストラで50代の中高年社員のリストラに目処をつけました。しかし、30代後半からまもなく40代になろうとしている“バブル入社組”世代のリストラが遅れていると指摘もされています。すでにNTT西日本は3年前の大規模な転籍リストラの際、アウトソーシングの対象となる業務に主として従事している社員のうち、満50歳以下の社員については在籍出向とした上で、その半年後、九州の営業系子会社に出向している社員の一部を愛知県や大阪府の営業系子会社に広域配転させました。採算の悪い九州から採算の良い近畿・中京圏に人員を集中させ、グループ各社間の採算のバランスをとるのがねらいでした。
グループ再編から3年、主力の固定電話やブロードバンドサービスの売上が伸び悩む上に競争が激化していく中で、NTT西日本もグループ内の役割分担の見直しを迫られていると言われています。営業系・設備系・総務系と業態ごとに設立されたアウトソーシング子会社の役割分担の見直しや、“バブル入社組”といわれる中堅・若手層にもメスを入れなければならないとも言われています。
こうした中で、北海道・東北・関東・甲信越地区で営業しているNTT西日本の兄弟会社、NTT東日本が、アウトソーシング子会社の統合、再編に乗り出すと発表しました。(つづく)

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2005年5月18日

琉球バス、ついに民事再生法適用へ。

きのうの琉球新報が報じたところによりますと、沖縄本島内で路線バスと観光バス事業を行っているバス4社の1つ、琉球バスが16日、民事再生法の適用を申請しました。
琉球バスは平成8年から商法の会社整理に基づく再建12カ年計画の実行に入っています。この計画では12年間の乗車率を横ばいで推移すると予測していましたが、路線部門で平成15年8月に沖縄都市モノレールが開業して乗客が減り、また観光部門で近年、ゆいバスや沖宮観光などの新興貸切バス事業者が相次いで登場して競争が激化し、その影響で予測を下まわり再建が難航しているのを受け、民事再生法へ移行し、新たな再建策を探ることにしたとみられます。
沖縄県内では昨年夏に60億円ものの負債を抱えて民事再生法による経営破綻に追い込まれた那覇交通が第一交通グループの那覇バスに営業譲渡され、サービスも向上し、順調な経営再建を果たしています。(先日は沖縄自動車道の西原ICで、リゾートホテルが貸し切った小型バスが運転士のミスにより横転事故を起こしました。)こうした中で琉球バスも、本土資本の傘下に入る可能性が出てくることも考えられます。また、東陽バスも民事再生法のもとで再建中であり、今後、合併や持ち株会社方式の経営統合による業界再編へと発展していくことも考えられます。
また、那覇交通同様、すでに退職した退職者への退職金に加え、現役従業員への給与切り下げの問題もあり、退職金の大幅な引き下げの他、労働条件の切り下げの可能性も出てくるでしょう。
長濱一族が長年にわたり経営してきた沖縄県最大のバス事業者、琉球バスは、民事再生法のもとで新たな再建策を探ることになります。

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2005年5月15日

競争激化が招いたJR宝塚線の悲劇(その2)

“利益至上主義・効率か優先”が生み出したJR西日本の脱線転覆事故
運転士を含む107人もの犠牲者を出したJR西日本宝塚線の脱線転覆事故は、JR西日本の利益重視の経営から引き起こされた事故だというのが、新聞やテレビからの報道で明らかになりました。
このゴールデンウィークに、JRグループが販売した“愛知万博往復割引きっぷ”を利用して愛知万博へお出かけになった方も多いでしょう。しかし、このゴールデンウィーク、JR宝塚線の尼崎-宝塚間は、依然不通が続いています。
JR西日本は、他の北海道・東日本・東海・四国・九州・貨物同様、昭和62年に国鉄の分割・民営化によって誕生しました。当時、国鉄は長年の赤字体質が続いたため、分割・民営化によって収益の出る体質にしようというねらいでした。
民営化後、JR西日本は経営資源を“京阪神アーバンネットワーク”と新幹線をメインにした“都市間高速ネットワーク”に集中させ、“京阪神アーバンネットワーク”では阪急や阪神、近鉄、南海などの私鉄と、“都市間高速ネットワーク”では日本航空・全日空の航空2グループとの競争に対応すべく、山陽新幹線(新大阪-博多間)では700系車両を大量投入して、スピードアップや増便をはかり、また、北陸地区では越後湯沢・名古屋・大阪を結ぶ特急に新型車両を投入しています。その一方で、地方交通線ではワンマン運転に切り替えたり、線路設備メンテナンスのためと称して、月1回、日中の列車を運休させる措置をとりました。(バスによる代替輸送もありません)
同じ“アーバンネットワーク”でも“首都圏アーバンネットワーク”をかかえるJR東日本も同じです。JR東日本では4年前に山手貨物線を活用した“湘南新宿ライン”を作りました。渋谷・新宿方面への旅客が増える中、東京・上野駅の混雑解消を図るためでした。現在では1日64本もの電車が走り、東北線の大宮駅から東海道・横須賀線の横浜駅まで、新宿経由で直通運転されています。“湘南新宿ライン”の誕生で、埼玉県と神奈川県との行き来が便利になりました。また、“都市間高速ネットワーク”では、北関東地区からの新幹線通勤が増えたのを背景に、東北新幹線の那須塩原-東京間、上越新幹線の高崎-東京間を中心に、朝の通勤新幹線を運行、並行する在来線でも快速・普通列車を中心に増発をはかりました。平成14年12月には東北新幹線が八戸まで開業。6年後には新青森までの延長開業を目指しています。また、現在長野まで開業している北陸新幹線も、6~8年後の富山までの開業を目指し、現在建設中です。
事故を起こして現在不通の大阪-宝塚間で競争関係にある阪急電鉄も例外ではありません。阪急電鉄は1910年、宝塚線(宝塚~梅田24.9km)と箕面線(石橋~箕面4.0km)で開業し、神戸線・京都線・宝塚線を中心に10路線を運行、また約90年の伝統と歴史を誇る宝塚歌劇団などを傘下におく大手鉄道事業者です。その阪急電鉄は、平成13年に“阪急新世紀グループビジョン”という名の中期経営計画を策定、グループ再編に取り組んでいます。
平成13年には一部の駅の駅業務を阪急レールウェイサービスに委託、平成15年にはすべての駅業務を同社に委託しました。翌平成14年には本社の事務・経理などの間接業務を阪急ビジネスアソシエイトに委託、後にグループ全体の間接業務を集約するシェアードサービスセンターにしました。
人員リストラだけではなく、不採算部門にもメスを入れ、平成14年にはかつてプロ野球阪急ブレーブスの本拠地だった西宮球場(晩年は競輪やアメリカンフットボールの試合が行われていました)を閉鎖・解体。平成15年には宝塚歌劇団同様90年以上の歴史を刻んできた、宝塚ファミリーランドと神戸ポートピアランドの2つの遊園地を閉鎖、少子化を理由に遊園地事業から撤退しました。ホテルや不動産などの関連会社も株式交換で完全子会社化し、グループの再構築をはかりました。そして今年4月、ついに阪急電鉄は最後まで残った鉄道事業を、あらかじめ設立した分割準備会社に商号ごと承継して切り離し、阪急電鉄そのものは“阪急ホールディングス株式会社”という名の、グループ全体の経営戦略の企画立案部門が残る純粋持ち株会社になりました。“阪急新世紀グループビジョン”4年間の集大成でした。
阪急電鉄のみならず、JRグループや大手鉄道各社は、沿線の開発やレジャー施設、百貨店、ホテル、不動産、ケーブルテレビなどの関連事業を展開、鉄道事業を中心とした“総合生活産業”を構築してきました。その一方で、駅業務や車両・線路などの点検・保守業務、事務・経理などの間接業務は子会社を作って委託したり、採算の合わないバス部門は会社分割して別会社に分離、遊園地など利用客の伸びが見込めないレジャー施設を閉鎖するなどのリストラをすすめてきました。そのリストラの背景には、バブル崩壊やデフレなどによって長引いた不況はもとより、少子化による鉄道事業収入の減少と、事業者間との激しい競争がありました。
さらに、JRグループの新幹線網と競合関係にある日本航空・全日空も例外ではありません。東京-大阪線など新幹線と競合する路線では、前日までの予約で適用される“前日特割”を設定したり、東京-大阪線では“シャトル便往復割引運賃”を通年設定し、JRグループとの利用客の争奪戦に取り組んでいます。その一方で、予約・案内業務や空港での搭乗手続き業務、ハンドリング業務、機体整備部門などをグループ会社に委託したり、客室乗務員も契約制にするなど、人件費を中心にコスト削減に取り組んでいました。特に全日空は、子会社のエアーニッポンなどの運行便も全て全日空便に統一した上で、B737-500やDHC-8-400の小型機の有効活用により、運行コストの削減と増便による利便性を図ってきました。こうした中で、日本航空では離陸前にドアモードの切り替え(機体トラブルにより緊急着陸した際に、ドアを開けたときにエアーシューターが自動的に飛び出るようにする。)のを忘れたり、韓国の仁川空港で管制官の離陸許可を待たずに滑走路に入って離陸したり、などのトラブルが続出、国土交通省から業務改善命令が出された上、兼子勲グループCEOが辞任に追い込まれました。
国鉄からJRグループに生まれ変わる前後、旧国鉄、JR各社は新卒採用を抑制もしくは取りやめ、人員削減に取り組んでいました。その結果、年齢構成に偏りが生じ、昨年4月1日現在では40代後半の社員が最も多く、次いで20代、その一方で若年層とベテランをつなぐ30代後半の中堅層が極端に少ないのが特徴です。また、分割・民営化時に厳しい合理化を図り、その後もバス部門を切り離したり、車両整備、線路保守業務を外部に委託するなどの合理化が図られ、“京阪神アーバンネットワーク”と新幹線をメインにした“都市間高速ネットワーク”に経営資源を集中させ、その過程で権力をトップに集中させたため、社内の風通しが悪くなったとの声もあります。
合理化のたびに経営トップの発言力がいっそう強まる中で、“京阪神アーバンネットワーク”では快速・新快速電車を中心に、新幹線でも〔のぞみ〕の増便、スピードアップを図り、その過程で従業員、とりわけ運転士の業務負担と責任がますます過重になってきました。
事故を起こした快速電車は、宝塚線の上り快速の中でも最速で、宝塚-尼崎間を16分25秒で走るという過密ダイヤが組まれており、ことあるごとに1秒単位で運行時刻をチェックされる“要注意電車”と指定されていました。平成15年12月のダイヤ改正で新たに中山寺駅に停車するようになりながら、全体の所要時間をそのままにという運行ダイヤ、しかもカーブも多く、そのカーブには制限速度をオーバーしたときに自動的に列車の速度を落とすという新型の列車自動停止装置(ATS)も整備されていない中で、運転士は高度な運転技術を求められてきました。
事故を起こした運転士は昨年6月にもオーバーランをして日勤教育を受けており、2度目のオーバーランで、運転士資格はく奪か、より長い日勤教育、給料もボーナスも下がり、昇進にも影響出るのを恐れたのではないかと思われています。
毎日新聞の取材に応じた同僚の運転士は、「平成9年のJR東西線開通で便数が増えて運転時間も延びたのに、逆に休憩時間は減り、集中力の維持は難しい。運転士への直接指導は、以前は管理職が運転席に入る形だったが、数年前から私服職員がこっそり客席側からチェックする形に変わった。過密ダイヤで遅れを出さないよう必死なのに「後ろから見られているかも」という不安もあり、精神的にきつい。」とJR西日本の過酷な労務管理の実態を明らかにした上で「会社は、阪急との競争に勝つため、また利益追求のために過密ダイヤを組んでそれをを守るため、乗務員にプレッシャーをかけ続けてきた。安全のためには乗務員にゆとりを持たせるべきだ。事故を起こした運転士も会社の営利主義の犠牲者と思う。会社は信頼を取り戻すためにも、体質から変えなければならない。」と語っています。
他事業者との激しい競争と利益至上主義・効率化最優先の企業風土から引き起こされたJR宝塚線の脱線転覆事故-それは、安全よりも利益や効率化を優先した企業風土の見直しを鉄道事業者各社に迫ることになります。

このJR西日本の二の舞になりそうな企業があります。JR西日本と同じ大阪市に本社があり、国鉄や専売公社とともに国の3公社だったのがJRより2年早く民営化されたNTT西日本です。(つづく)

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