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2005年4月30日

競争激化が招いたJR宝塚線の悲劇(その1)

2005年4月25日午前9時18分、JR史上最悪の大惨事は起こった。
4月25日午前9時18分頃、兵庫県尼崎市のJR宝塚線・塚口-尼崎間で、宝塚発同志社前行きの快速電車が、カーブで脱線して線路脇のマンションに衝突、運転士を含む106人の死者を出すという、JRグループ史上最悪の大惨事が発生しました。
JR宝塚線は、もともと福知山線で、かつては大阪と山陰地区を結ぶ単線・非電化ののどかな路線でした。ところが昭和61年に大阪-福知山の全線で電化が完成したときから事情は一変しました。宝塚線のうち大阪と篠山口の間では沿線開発が進み、快速・普通列車が大増発、特に阪急宝塚線と競合する宝塚と大阪の間では朝夕ラッシュ時には2分おきに運行するようになり、スピードアップも図られ、JR西日本の“京阪神アーバンネットワーク”の一員として位置づけられました。平成11年にJR東西線(尼崎-京橋間)が開業した後、一部の電車は篠山口方面から東西線を経由して学研都市線・木津方面まで直通運転されるようになり、兵庫県東部から学研都市線沿線の大学へ通う大学生の通学の足としても利用されるようになりました。現在、尼崎-宝塚間で3~6分間隔で快速・普通列車が運行される他、新大阪と福知山・豊岡・城崎温泉間を結ぶ特急電車が1時間間隔で運行されており、定期乗車券をお持ちの旅客も特急券を別に買えば乗れるほか、定期券などと組み合わせて使う自由席特急料金回数券、グリーン料金回数券、特急料金込みの特急定期乗車券“パスカル”も用意されています。その一方で、京阪神と鳥取を結ぶ特急列車は智頭急行線経由に回され、現在ではすっかり快速・普通列車が主役の“京阪神アーバンネットワーク”の通勤・通学路線と化してしまいました。
今回、脱線事故を起こした列車は、東西線を経由して学研都市線の同志社前駅まで行く列車で、同志社大学など学研都市線沿線の大学へ通学する大学生も多数乗っていました。今回の脱線事故では、そんな未来への夢を持って勉学に励んでいた大学生、17人も犠牲になってしまいました。
今回の事故の背景には、JR西日本と他の鉄道事業者との競争激化にありました。事故の舞台となった宝塚-大阪間は、阪急宝塚線と競合しており、阪急が270円の低額運賃に対し、320円のJR西日本は、スピードを売りにしていました。宝塚-大阪間最速23分。阪急を7分上回る速さを武器に、乗客のハートをつかんできました。この宝塚-大阪間以外にも、天王寺-和歌山間の阪和線、JR難波-奈良間の大和路線など、私鉄と競合する路線があります。
JR西日本の在来線の乗客数(これは京阪神地区だけでなく、営業区域の北陸・近畿・中国すべてでの話です。)も、ピークだった平成8年度の18億4千万人から平成15年度は17億5千万人に減少しています。近畿地区では少子高齢化で乗客数は年々減少し、鉄道各社は少ないパイを奪い合う状況になっている、分刻みの争いをしなければならない裏には、そういった事情があります。
事故を起こした電車の運転士は、前の停車駅の伊丹駅で、40mのオーバーランを犯してしまいました。これで1分半の遅れ。その次の停車駅の尼崎駅は、神戸線との分岐点になっており、列車に1分でも遅れが出ると、接続する他線の列車も遅れることがあり、影響も大きい。運転士は遅れを取り戻そうと、スピードを出し、現場のカーブで時速100㎞を超えるスピードを出してしまい、今回の大惨事を招いてしまいました。この運転士は、過去にオーバーランなどで3度も訓告のペナルティーを受けています。また、事故を起こした電車は、日常的に遅れが目立つ“要注意電車”に指定され、尼崎駅では運転士が出発時間を1秒単位で自主報告させられていました。電車を遅らせれば“日勤教育”と称して、電車の遅れなど問題となった状況を振り返り、原因を考えるリポートを、電車区の区長や助役が勤務する部屋の一角で書かせられ、それだけでなく、草むしりや窓ふき、ペンキ塗りの作業まで課されます。“日勤教育”期間中は月額約10万円の乗務手当は支給されません。4年前には、京都駅で発車が約50秒遅れたとして“日勤教育”を受けさせられ、それによるいじめで自殺した運転士も出ました。ライバルの私鉄との競争を勝ち抜くために、スピードアップと過密ダイヤとを追い求めてきた会社の姿勢と、少しでも電車を遅らせたときの厳しいペナルティーを恐れる運転士の心理が、今回の事故につながったのでしょう。当然、運転士も死亡、105人のお客様の尊い命を道連れにしてしまいました。
この脱線転覆事故の影響で、JR宝塚線は宝塚-尼崎間できょう30日も不通になっており、宝塚-大阪間は、ライバル会社である阪急電鉄への振り替え輸送を余儀なくされてしまいました。またこのほかにも嵯峨野・京都線経由、加古川線経由、播但・神戸線経由による振り替え輸送が行われています。特急は宝塚線内は運休しています。現在現場付近で、兵庫県警による現場検証が続いているため、運転の再開は大型連休明けの5月6日以降になる模様です。
このJR宝塚線の脱線転覆事故を受けて、テレビ番組の変更もありました。
まず、NHKがHi-Visionで放送している『列島縦断・鉄道乗りつくしの旅』の26~30日放送予定分が、2週間延期されました。(ただし、収録は予定通り行います。)また総合テレビでも25日夜に放送予定でした『きよしとこの夜』も、番組中に鉄道関連の歌が流れるという理由で5月2日に延期されました。MBSテレビ(毎日放送=大阪府)では5月1日午後11時に放送する予定だった『情熱大陸・鉄道で時代を分析する政治学者・原武史』を延期し、代わりに東北楽天の田尾安志監督の内容に差し替えすることになりました。いずれもJR宝塚線の脱線転覆事故の被害者や遺族に配慮した形で放送を自粛することになりました。
さらにもっと大きな痛手を食らうことになるのが、事故の当事者であるJR西日本提供のテレビ番組『走れ!ガリバーくん』。
この番組は、ちょっぴり贅沢な憩いの旅を紹介するという普通の旅番組ではなく、毎回2人のゲストが西日本の各地を豪華な旅と素朴な旅のコースに分かれて目的地を目指します。番組の冒頭で簡単なゲームを行い、勝者は案内人と共に美味しい料理と美しい景色を充分堪能できる贅沢づくしの旅。一方、敗者はわずかなお金を手に目的地までたどりつかなければならない過酷な旅に…、という番組です。JR西日本本社のある大阪のKTV(関西テレビ放送)をキーステーションに、同社の営業区域である北陸・近畿・中国・四国地区および福岡県のFNN系列10局を通じて放送しています。また、これ以外の系列局でもJR西日本の提供をはずした番組販売形式で放送しており、沖縄でもOTVで不定期放送しています。
この番組も鉄道が当然のように登場、しかも事故の当事者であるJR西日本の1社提供…である以上、放送自粛は避けられない情勢です。それも106名もの尊い命を奪った重大事故を引き起こした以上、放送自粛が長期化するのは避けられません。
カーブによるスピードの出し過ぎが原因で106名の尊い命を失ったJR宝塚線の脱線転覆事故は、大都会を舞台に繰り広げられる鉄道事業者間同士の競争の激化が招いた悲劇でした。ニュース番組を通じて放送された、夢を持った若者達の悲劇の話は、私たちに悲しみをもたらしました。
この事故で尊い命を失った皆様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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2005年4月19日

来年にもデジタルラジオが始まります

きょうのNIKKEI NETによりますと、NHKとTBSR&C(TBSラジオ&コミュニケーションズ)やTFM(エフエム東京)など民放ラジオ20局が実用化試験放送をやっているデジタルラジオ放送を来年にも本放送にすると書いてありました。アナログのテレビ放送が終わる平成23年以降に始める予定でしたが、テレビやインターネットなどがデジタル化される中でアナログ放送のみのラジオではいっそう時代遅れになり、ラジオ離れが進むと判断し、5年前倒しすることになりました。
デジタルラジオ放送は、コンパクトディスク並みの高音質のステレオサウンドに加え、動画・画像などのデータ放送を楽しめる夢のラジオ放送です。平成15年10月から東京・大阪で実用化試験放送が行われています。
実用化試験放送は“デジタルラジオ推進協会”が行っており、東京局は8つのチャンネルでNHKと在京民放AM4局や関東周辺のFM5局などが、大阪局は8つのチャンネルでNHKと京阪神の民放などが番組を持ち寄って放送しています。受信機は試作機しかなく、一般には販売されていません。
放送方式としては、BS、CSのデジタル放送同様、委託・受託方式がとられ、年内にNHKを除く民放ラジオ局、受信機メーカー、通信会社、商社などが共同出資して受託放送事業会社を設立し、最大で2000億円を投資して全国に放送装置を整備し、チャンネルを一元管理します。既存のラジオ局は委託放送事業者として、この受託放送事業会社から割り当てられたチャンネルを借りて放送します。
デジタルラジオは携帯電話やパソコン、車載端末などに受信機を組み込んで聞くことを想定しています。ラジオが得意とする音楽番組では、アーティストが登場する簡単な動画やヒットチャートなどを組み合わせることが可能。交通、防災情報も画面で確認できます。
デジタルラジオ放送が始まることで、中波・FMの垣根が取り払われ、とくに1990年代に相次いで中波でステレオ放送を始めながら失敗したTBSラジオなどのAM局にとって、ラジオのデジタル化はそのリベンジのチャンスでもあります。また、最初から中波でのステレオ放送を見送ったNHKも生活情報波・ラジオ第1と学びチャンネル・ラジオ第2をステレオ放送化することにより、プロ野球や高校野球などのスポーツ中継をステレオで放送できるチャンスが訪れることになります。
近隣諸国の混信が激しい沖縄県でも、ラジオのデジタル化への期待は高まります。沖縄県には中波ではRBCiラジオとラジオ沖縄が、FMではFM沖縄と6つのコミュニティ放送局が放送しています。なかでもRBCiラジオとラジオ沖縄にとっては、AMでできなかったステレオ放送がデジタル化でできるようになり、これが実現すればステレオ放送ができるばかりでなく、最近整備された北部や先島のFM中継局でもステレオ放送ができるようになります。
テレビやインターネットなどがデジタル化される中で時代遅れになってきたラジオ放送、果たしてデジタル化で巻き返しを図ることができるでしょうか?

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2005年4月18日

RBCiラジオ宮古中波放送局が閉局へ

41年間にわたり宮古・八重山のいわゆる先島地区にラジオの放送を送り続けてきたRBCiラジオ(琉球放送)宮古中波放送局が、伊良部・多良間のFM中継局の開局に伴い5月2日午前2時をもって閉局することになりました。
RBCiラジオ宮古中波放送局は、先島地区にRBCiラジオの放送を聞いてもらう目的で、昭和39年4月、平良市下里に設置され開局しました。その後、八重山地区への受信状態を改善する目的で、宮古島の西の端にある平良市久貝に移転、平成14年7月に地元コミュニティFM局“サザンウェーブFMみやこ”が開局するまで、先島地区唯一の民放ラジオ局として放送を流してきました。現在、コールサインJORO、周波数1152KHZ、出力500Wで放送しています。(かつては宮古局独自の番組もありましたが、現在は那覇の親局と同一番組になっています。)
しかし、先島地区は台湾や中国大陸に近く、この地域の放送との混信が激しく、500Wの出力では放送地域の先島地区でも夜間は受信状況が不良となっていました。
このため、RBCiラジオではラジオ沖縄や沖縄県などと共同で先島地区受信障害解消事業を行い、昨年4月に石垣島・西表島・与那国島にFMの中継局を設置、そして今年4月に伊良部島と多良間島にもFMの中継局を設置、よりクリアな音で楽しんでもらうことになりました。そのFM中継局の開局に伴い、RBCiラジオ宮古中波放送局は41年間の歴史を閉じることになりました。
現在、地元視聴者への周知のため中波の1152KHZと伊良部中継局82.7MHZ、多良間中継局82.2MHZで同一内容の放送を行っていますが、5月2日の午前2時にエンディングテーマの「なんた浜」が流れメンテナンスのため放送休止に入る時点で、1152KHZは放送終了となります。メンテナンス明けの5月2日午前3時50分からは、FMでのみの放送となります。
RBCiラジオでは「先島地区の皆さんに41年間にわたりご愛顧いただいたことに心から感謝します。今後はFMのクリアな電波で、RBCiラジオの放送を楽しんでほしい。カーラジオや電子チューナー式のラジオをもっている人は、早めに新しい周波数のプリセットを済ませるように。」と言っています。

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2005年4月16日

“伝統の一戦”でついに“当日券”が…

今年もプロ野球のペナントレースが始まりました。今年は改革元年といって、新球団・東北楽天イーグルスや、ダイエーから買収した福岡ソフトバンクホークスなどの活躍が期待されています。
セントラルリーグでは阪神タイガースの快進撃で盛り上がっていますが、ところがこの阪神の営業サイドで異変が起こりました。なんと、“伝統の一戦”ともいうべき対巨人戦でついに当日券を販売することになってしまいました。
阪神タイガース営業部の話によりますと、対巨人戦の観戦チケットは、3連戦ごとに期間を区切って発売されます。券種は1塁側、3塁側の指定席(1塁側はイエローシート、3塁側はオレンジシートと呼ばれ、いずれも3500円。)、1塁側、3塁側のアルプス席、外野席(ライト側で1700円など)で、全席指定制です。4月12、13、14日の対巨人3連戦は3月8日に発売され、阪神側のイエローシートと1塁側アルプス席、ライト側の外野指定席は完売できましたが、巨人サイドの3塁側のアルプス席とレフト側の外野指定席が前売りで完売できず、わずかな数ですが、その分を当日券として甲子園球場の当日券売り場で販売することになりました。
巨人は開幕戦となった対広島戦で3たてを食らい、その後の対横浜3連戦で1勝2敗、対中日3連戦でも1勝2敗と、最下位を低迷。テレビ中継の視聴率も、4月7日放送の対横浜戦では巨人が大差で敗れたため8.8%の視聴率となりました。そして12日の対阪神戦も、関東地区では裏のTV-ASAHI『ロンドンハーツスペシャル』が22.1%の視聴率に対し、野球放送は8.9%の視聴率となりました。関西地区でも昨年より6%も視聴率が下がり、地元では「“伝統の一戦”とはいえ、弱い巨人では話にならない。」という考えが出ています。
阪神タイガース営業部の話によりますと、甲子園での開幕戦だった対横浜戦や、5月3、4、5日の対広島3連戦、13、14、15日の対東北楽天3連戦、6月10、11、12日の対日本ハム3連戦は前売りで完売しています(前売りで完売の場合、当日売りは1枚もありません。)が、“伝統の一戦”ともいうべき対巨人戦で、巨人側のわずかな数であるとはいえ、前売りで完売できず当日券を販売することになったことは、昨今の巨人軍の人気低迷を反映する形となり、阪神タイガース営業部にとってショックは隠せないでしょう。
4月12日、阪神タイガースの親会社の阪神電鉄は100歳の誕生日を迎えました。この記念すべき日に阪神タイガースは巨人軍に8-1で勝ち、阪神電鉄100歳の誕生日に花を添えました。今年は阪神電鉄開業100年、阪神タイガースは70周年の記念すべき年。果たしてこの記念すべき年に優勝できるのか、浪速のトラ吉ファンの関心は高まっています。

(追伸)
ザ・ドリフターズ主演の公開生バラエティー番組『8時だヨ!全員集合』の制作にかかわってきた元TBSプロデューサーの居作昌果(いづくり・よしみ)さんが10日、肺ガンのため亡くなりました。71歳でした。居作さんは『8時だヨ!全員集合』のほかロート製薬提供・大橋巨泉司会の『お笑い頭の体操』『クイズダービー』も手がけ、これらの番組をTBSを代表する長寿人気番組に育て上げました。また、TBS定年退職後は番組制作会社“タイクス”を経営、3月までBS-iで放送されていたP&G提供の双方向クイズ番組『TIME OVER』に制作協力としてかかわり、同番組を毎週3万人以上もの視聴者が参加する、BSデジタル放送を代表する人気番組に育て上げました。ザ・ドリフターズのメンバーだったいかりや長介さんが亡くなってちょうど1年、奇しくも今年はTBSテレビ開局50周年の節目の年。TBSテレビ50年の歴史を飾ったいかりや長介さんの後を追うように、伝説の番組を支えた人がまた一人、この世を去っていきました。居作さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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