« 2005年1月 | トップページ | 2005年3月 »

2005年2月17日

さらば、ブルートレイン〔あさかぜ〕&〔さくら〕

先日も北海道出身のガールズバンド“ZONE”解散の話をしましたが、この春、もうひとつの伝説が幕を閉じます。
半世紀近くにわたり、東京と九州の間を走ってきた寝台特急〔あさかぜ〕(東京-下関)と〔さくら〕(東京-長崎)が、3月1日のJRグループのダイヤ改正で姿を消すことになりました。
「あさかぜ」は国鉄時代の昭和33年10月の運転開始以来46年間、東京-下関間をひた走りました。寝台特急の代名詞となった「ブルートレイン」は「あさかぜ」の「青い車体の列車」から採られたもので、寝台特急の元祖。個室シャワーやラウンジを備え、食堂車を併結していた時期もあり、「走るホテル」として人気を集めていました。一時期は東京-下関間のほかに東京-博多間の便もあって、こちらは昔、個室A寝台車が4両も連結されるという豪華な編成で走っていたこともあったようです。
「さくら」は34年7月に東京-長崎間でデビュー。乗客減を理由に平成11年12月からは、佐世保発着の編成が廃止され、「はやぶさ」(東京-熊本間)と連結して運行されています。
かつては20系、14系、24系と言った寝台客車が、深夜の日本列島を走っていました。また、昼は座席、夜は寝台といった使い方ができる、583系特急電車も東北や九州を中心に走っていました。設備も個室寝台や食堂車を備えた豪華なものでした。
ところが、昭和57年に東北新幹線が大宮-盛岡間で開業してから事情が一変し、寝台特急は大幅に減便されました。その後、東海道・山陽新幹線もスピードアップが図られたのをきっかけにブルートレインの乗客は減る一方で、生き残った列車も食堂車の営業を停止、583系特急電車も普通列車用に改造されました。
さらに、全国各地を結ぶ夜行高速バス路線が増え、格安運賃で対抗してきたことから、寝台特急の乗客が減っていきました。6,300円の寝台料金は高額でした。航空運賃も新幹線と並行する路線は安くなりました。加えて全国各地に格安ビジネスホテルができたのも寝台特急の乗客が減る要因となりました。
おまけに客車も老朽化が進んだことから、JRでは今回のダイヤ改正で〔あさかぜ〕と〔さくら〕の廃止を決定しました。残る〔富士〕と〔はやぶさ〕も、3月1日からは東京-門司間は併結運転となり、これで同区間では実質的に1日1便に減便となります。なお、京都-長崎間の特急〔あかつき〕は、引き続き運行されます。
高度経済成長期といわれた昭和30年代に登場した寝台特急は、その車体の色から“ブルートレイン”と言われ、現在30代、40代になっている当時の少年の憧れの的となりました。しかし、現在では東海道・山陽新幹線がスピードアップした上に、競合する航空路線も運賃が安くなり、ビジネス客にとっては日帰り出張も可能となりました。
一方で、東京と北海道の間を結ぶ寝台特急〔北斗星〕〔カシオペア〕や、大阪と北海道の間を結ぶ寝台特急〔トワイライトエクスプレス〕は、高級ホテルのスイートルーム並の豪華個室A寝台や、食堂車を備えており、高齢者を中心に人気があります。また、JR東日本では、東京と東北・北陸方面の往復割引きっぷで、新幹線の他に上野-青森間を上越・羽越線経由で結ぶ特急〔あけぼの〕や、上野-金沢間を上越線経由で結ぶ特急〔北陸〕のB寝台個室も利用できるようにしました。同じ料金で、個室寝台か一般寝台かどっちかというと、個室寝台を選ぶのは当然のことでしょう。また、特急〔あけぼの〕では寝間着やシーツなどのサービスを行わない代わりに、普通車指定席料金で利用できる“ゴロンとシート”を設定したり、全国各地で夜行高速バスに対抗しようと、特急券の代わりにグリーン券や普通車指定席券で乗車できる“ムーンライト快速”も登場しています。特に東京-大垣間の快速〔ムーンライトながら〕は連日満席で、席がとりにくいほどの人気列車です。
こうした中で、ビジネス客の多い東海道・山陽線を走るブルートレインは、その役目は新幹線や飛行機などで充分まかなえるとして、縮小の一途をたどっています。昭和50年代の最盛期には10本あった東京駅を発着するブルートレインは3月1日以降、熊本・大分行きの〔富士・はやぶさ〕、山陰線経由出雲市行きの〔出雲〕、高松・伯備線経由出雲市行きの〔サンライズ瀬戸・出雲〕、急行ですが大阪行きの寝台急行〔銀河〕の計4本が残るのみとなります。今後、整備新幹線が全国各地で整備され、7~8年後には現在八戸まで開業している東北新幹線が新青森まで延長開業される他、長野新幹線も最終的には金沢まで開業予定、新八代-鹿児島中央間が開業している九州新幹線も、いずれ博多-新八代間が開業する予定があり、これらの新幹線が開業すれば、並行する在来線もJRグループから経営分離されて第三セクターへ事業移管され、それに伴ってブルートレインはどんどん減らされることになるでしょう。
半世紀近くにわたりブルートレインの元祖として多くの鉄道ファンに親しまれてきた寝台特急〔あさかぜ〕と〔さくら〕は、新幹線や飛行機、夜行高速バスなどの競争に負けて、平成17年2月28日の始発駅出発を最後に、その輝かしい歴史にピリオドを打ちます。(当日の下りの〔さくら〕は鳥栖止まりとなります)そして、かつて少年時代のあこがれの的だったブルートレインも、新幹線の整備が進むにつれ、風前の灯火となるでしょう。

(注)昨年10月の新潟県中越地震の影響で、上越線の越後湯沢-長岡間で運行制限が行われているため、特急〔あけぼの〕、〔北陸〕をはじめ、新宿-新潟間の夜行快速〔ムーンライトえちご〕、上野-金沢間の急行〔能登〕の上越線経由の夜行列車4本は、現在運行していません。ただし、急行〔能登〕は金曜日と土曜日に限り、北越急行ほくほく線経由で運行しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年2月13日

伝説の終焉―ZONEの解散に思う

北海道札幌市出身のガールズバンド、ZONEが4月1日の東京・日本武道館でのコンサートを最後に解散することになりました。
ZONEは、平成10年に8人組のダンスユニットとして北海道札幌市で産声を上げました。その後、平成13年にMIZUHO、TAKAYO、MAIKO、MIYUの4人に絞られ、ガールズバンドとして生まれ変わりました。
平成13年にはCBCテレビのドラマシリーズ『キッズウォーシリーズ』のテーマ曲となった『SECRET BASE~君がくれたもの~』が90万枚を超えるヒットとなり、ZONEの代表曲となりました。その年『第53回NHK紅白歌合戦』に初出場、番組では日本舞踊も披露しました。以来3年連続で『紅白歌合戦』に出場しました。
しかし平成15年12月の『第55回NHK紅白歌合戦』を最後に、当時のリーダーのTAKAYOさんが高校卒業を理由に脱退、代わりに平成16年1月にはTOMOKAさんが加入、昨年は38年ぶりにリメイクされたフジテレビのテレビアニメ『鉄腕アトム』のテーマ曲を歌ったほか、デオドラントスプレーのコマーシャルにも出演しました。
しかし今年3月、4人のうち3人が高校を卒業することになり、2代目リーダーのMIZUHOさんが「1度自分を見つめ直す時間を持ちたい」との理由で脱退を申し入れ。残された3人では活動継続は難しいと判断、解散することになりました。なお、まだまだ女子高校生であるMIYUさんは、本名の長瀬実夕として引き続き活動するとのことです。

私は浦添市のコミュニティFM局、FM21をよく聴いていますが、このFM21でその昔(といっても3年前の話ですが)、大学生がメインパーソナリティーになっていた番組がありました。その中で女子高校生3人が出てくるコーナーもありました。その中の1人(その女の子は当時高校2年生で、女優の国仲涼子さんに似ていました。)が、私の職場に社会福祉協議会主催のボランティアキャンプのメンバーの1人としてやってきました。私はあのラジオ番組に出ている子がくるとあって感激していました。その番組も平成15年2月、大学生の番組の本体とともに突然打ち切られてしまいました。そしてやっていた彼女も昨年3月高校を卒業していきました。
街にはたくさんの女子高校生があふれており、輝いています。今年もまた、3月1日がやってきます。沖縄ではすべての県立高校がこの日、一斉に卒業式を行います。今年もまた、1万人あまりの若人が、学舎や制服に別れを告げ、巣立っていきます。
このFM21には、戦前から昭和40年代までの伝説のヒット曲の数々が数多く放送される番組が多くなっています。作詞家で言えば西条八十さん、作曲家で言えば服部良一さん、古賀政男さん、歌手で言えば藤山一郎さん、石原裕次郎さん、美空ひばりさんなど、かつて歌謡界の黄金伝説を築き上げ、そして今はもうこの世を去っていながら、今もなお黄金伝説として輝き続ける歌謡界黄金時代のヒット曲の数々を中心に放送しています。

私たちが生きている間には、多くの黄金伝説と出会います。私が生きてきた38年の間にも、多くの伝説と出会ってきました。少年時代に出会ったかわいい女の子、若い頃に出会ったテレビの音楽番組、スポーツのヒーロー、かつて日本の鉄路を走った特急列車など、多くの伝説と出会い、そして別れていきました。そしてこれまでに出会ってきた伝説は私の心の中で生き続けています。
ZONEの解散の話を受け、私はまた一つの黄金伝説の終焉を感じました。高校生だった彼女は、音楽活動に青春をかけ、そして3年間の高校生活が終わろうとしている今、静かにファンの前から去り、多くのファンの心に伝説として刻まれることになります。私の人生で出会った伝説にも、いつかは幕を閉じるときがきて、去っていくことになります。こうして私たちは人生を送っていくことになります。

北国、北海道で生まれたMIZUHO、TOMOKA、MAIKO、MIYUの4人の少女は、ステージの上で多くの人たちに伝説を提供してきました。平成17年4月1日、彼女たちがあこがれていた東京・九段の日本武道館で、彼女たちは伝説の彼方へと去っていくことになります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年2月 6日

首里コミュニティバスが本格運行開始!

那覇市の石嶺団地と沖縄都ホテル・ホテル日航那覇グランドキャッスルの間を首里駅・首里城公園経由で結ぶコミュニティバスが、きょう6日より8番系統『首里城下町線』として本格運行を開始しました。
この首里コミュニティバスは、昨年8月から沖縄バスが『石嶺首里城みぐい線』として那覇市からの委託を受けた実験運行路線でした。半年間の実証実験では、那覇市内均一区間の運賃200円の半額の100円に運賃を設定し、石嶺団地の住民や沿線にある首里高校の生徒、首里城公園を観光する観光客、沖縄都ホテル・ホテル日航那覇グランドキャッスルの宿泊客など、1日あたり約1000人が利用し大成功でした。この実証実験の成功により、本格運行の運びとなりました。那覇市内の路線バスは、長い間那覇バスが旧那覇交通時代から独占運行(現在6路線を運行)していましたが、その独占がついに崩れたことになります。
このコミュニティバス実証実験で大打撃を受けたのが、その那覇バスです。昨年7月に経営破綻した旧那覇交通から営業を譲り受けた那覇バスは、那覇市内均一区間の運賃200円の半額の100円という運賃が影響し、コミュニティバスに多くの乗客を奪われました。中でも17番系統『石嶺開南線』は、運行ルートが石嶺営業所-若夏学院前-鳥堀-姫百合橋-開南-商業高校前-三重城営業所という大回り路線で利用客から敬遠され、朝夕のラッシュ時でも1便の乗客が3~4人という有様です。この『石嶺開南線』は、15番系統『寒川線』(三重城営業所-商業高校前-牧志-寒川-農業試験場前-真和志高校前-真地団地)とともに廃止対象になるでしょう。また、昨年の7月まで旧那覇交通を利用していた首里高校の生徒のうち、石嶺団地周辺に住んでいる生徒がコミュニティバスに流れたという結果も出ています。那覇バス市内線の定期運賃は1ヶ月6,000円、定期券で44回乗ってもまだ安いというのです。このほかにも様々な影響が出たとあって、那覇バスは路線再編の対応を迫られることになりそうです。モノレールやほかの路線とルートが重なる路線(特に空港と儀保の間がゆいレールと、軍桟橋前と石嶺入口の間が9番系統『小禄石嶺線』と重なっている25番系統『空港普天間線』や糸満と西原を那覇経由で結びながら、那覇市内のルートが複雑化し、定時運行の確保が困難な33番・46番系統『糸満西原線』)は、路線の廃止やルートの変更などを迫られそうです。
またこんな結果も出ています。那覇バスの市内線3系統と市外線3系統が交差する石嶺入口三差路の朝の交通量も大幅に減り、車の流れがスムーズになったことも実証されました。ここにも運賃100円の手頃さと200円の市内区間の高い運賃がものを言いました。
また、先月の5日から31日までの期間には、首里駅でゆいレールとコミュニティバスを乗り継いで利用する場合(普通乗車券・プリペイドカード利用に限る)に、コミュニティバスの運賃を50円に割り引くという実験も行われました。沖縄都市モノレールの話ですと、1日あたり100人以上がこの乗り継ぎ割引実験を利用したということで、今回の実証事件の結果をもとに、ゆいレールと首里城下町線を組み合わせた乗車券(普通・定期・回数券)の販売や、首里城下町線の車両にカードリーダーを搭載してもらってゆいレールのプリペイドカードを首里城下町線でも利用できるようにしたり、ゆいレールのフリー乗車券に首里城下町線を加えるなどの検討がなされることになります。
首里コミュニティバス実証実験の成功、沖縄バスによる本格運行化は、今後、新都心地区や小禄地区など他の地区への導入に大きな弾みになるとして、期待されています。
8番系統『首里城下町線』の運行時刻については、『沖縄路線バスどっとこむ』をご覧ください。
http://www.rosenbus.com/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年2月 5日

NTTグループが定昇廃止、成果主義へ完全移行へ。

朝日新聞によりますと、NTTグループが平成18年度から、社員給与のうち、勤続年数に応じて上がる年齢給を全面的に廃止し、成果主義賃金へ完全移行することをNTT労働組合に提示したことが明らかになりました。
管理職ではすでに廃止されていますが、全社員に拡大されます。同時に、配偶者や子供がいる社員に支給する扶養手当(例えば配偶者と子供1人がいる場合、約25,000円)も全廃し、能力・成果主義を徹底させます。対象となるのは、NTT東日本、西日本、NTTドコモなどグループの国内計約400社で、管理職以外の一般社員約18万人にのぼります。当然、3年前の平成14年5月に行われた、NTT東西の11万人規模の退職・再雇用リストラ(以下「先の構造改革リストラ」と言います)の憂き目を見た地域子会社100社の社員も対象です。今年の春闘が終わった後、労働組合と本格的な調整に入りますが、NTT労組は「評価制度の見直しが先」として、今のところ交渉を受け入れていません。
年齢給を巡っては、トヨタ自動車や松下電器産業が全廃を決めていますが、大人数を抱えるNTTグループが廃止すれば、産業界での同様の動きが加速しそうです。

NTTグループが定昇を廃止して成果主義へ完全移行する背景には、最大のライバルであるKDDIやソフトバンクグループ、平成電電などが、基本料金の安い固定電話に進出したことから、NTT東西が基本料金の値下げを余儀なくされたことや、NTT東西がグループ全体を挙げて拡売に力を入れているブロードバンド事業についても、KDDIやソフトバンクグループをはじめ、電力系との競争が激しくなり、グループ全体での経営環境が悪化したというのがあります。
また、年金の問題も深刻です。NTTの企業年金“税制適格年金”は、先の構造改革リストラで、78,000人の加入者が退職・再雇用による地域子会社への転籍で加入者が大幅に減った上、超低金利政策の長期化よって運営が悪化してきました。さらにはNTT東西で平成13年度から3年間、新卒採用を取り止めた上、先の構造改革リストラで組織がスリム化されたことから今後、NTT東西本体では大卒幹部候補の必要最小限(東西それぞれ100~150人程度)にとどめ、その他の現業スタッフは地域子会社で有期契約・派遣・パートとして採用するものと予想されることから、加入者は大幅に減っても、受給者は増える一方になります。51歳以上の社員が転籍となったのは、50歳でNTT企業年金の受給権が得られるという理由でした。設備の保守・点検などアウトソーシングの対象となる社員全員を転籍させると、50歳以下の社員が企業年金の受給権が得られなくなるため、50歳以下の社員についてはNTT東西に在籍のまま出向という形を取っていました。おまけに昨年の年金制度改革により今後15年間、厚生年金保険料が毎年段階的に引き上げられるため、さらなる人件費負担の重荷にもなり兼ねなくなりました。
このため、NTT持ち株会社では、企業年金を国債利回りに連動して年金受取額が変わるというキャッシュバランスプランに変更しました。またすでにNTTグループを退職して企業年金をもらっているOBや、先の構造改革リストラで退職・再雇用に応じて地域子会社に転籍した社員に対しては、年金額を減額することで、現在会社と労働組合が該当者に対し、企業年金制度の維持のため引き下げ同意書の送付と引き下げへの理解を求めていますが、先の構造改革リストラで賃金を3割も引き下げられた上に退職後の年金まで切り下げられ、おまけにもし全受給対象者の3分の2の同意で引き下げが実施されればたちまち産業界全体に広がるおそれがあるとあって、地域子会社に転籍した社員にとっては到底同意できるものではなく、3分の2の同意が得られるのは難しい情勢です。
また、厚生年金基金についても事情は同じで、長引く超低金利などで運用環境は厳しい上、年金資産の移換に制限があるというのが50歳以下の社員の地域子会社への転籍の障害となっています。超低金利やリストラなどにより多くの企業が厚生年金基金を解散、確定拠出年金へ移行するという中で、NTTの厚生年金基金も岐路に立たされています。
NTT東西では昭和40年代半ばの電話取付需要が旺盛だったときに大量採用された世代が高齢になり、その一方でバブル崩壊後は採用を抑制、とりわけ平成13年度から3年間、新卒採用を取り止めました。そして先の構造改革リストラで50代社員の退職・再雇用をやっても、年齢構成がさらにいびつになりました。固定電話はもとより、光ファイバーなどのブロードバンドでも競争が激しくなった今、NTT東西にとっては、将来本体に戻す予定のない、地域子会社に在籍出向している社員の面倒まで見る余裕は、もうなくなってきたようです。

NTTグループでは成果主義に完全に移行することで社員の能力をより引き出せる賃金体系にし、通信業界の競争激化に対応したいという考えですが、直属上司の好き嫌いで社員の評価が恣意的に下げられるという懸念もあります。また、先の構造改革リストラで50歳以上の社員のリストラに目処をつけたことから、平成12年までにに入社した社員について、幹部候補の内部選抜を行い、選抜から漏れた社員を早い段階で地域子会社へ転籍させ、さらには3年前のNTTグループのリストラ政策に反対する抵抗勢力を徹底的に排除するとともに、NTTグループ社員の大半が加盟するNTT労働組合についても、年齢給の全廃で定期昇給が廃止になり、非正社員雇用の増大で組合員数が減ることから、労働組合としての力を弱め、労働組合の解体・産業報国会への衣替えに追い込むなどのねらいもあります。
すでに現場では、51歳の時の雇用形態選択で“60歳定年の満了型”を選んでNTT東西に残り広域配転を受け入れた社員に対して、見せしめ的に“D評価”という最低の評価が乱発され、賃金の引き下げが行われたといいます。また、先の構造改革リストラで人が減った分、1人当たりの労働量が増え、過酷な労働環境が蔓延しているといいます。さらにはリストラ・賃金切り下げによりやる気を失った従業員や、月100時間以上のサービス残業で精神的にもうつ病にかかり、自殺者まで続出しているそうです。
競争激化でさらなる業績悪化が懸念される中で、成果主義賃金への完全移行が実現されますと、さらなる労働強化や重い販売ノルマの強要、がんばったにもかかわらず別の何らかの理由を付けての賃金切り下げなど、労働者の更なる不利益や、労働強化・賃金切り下げによる労働者の士気低下も懸念されています。そして、その影響は、グループ全体で18万人を超える大所帯であるだけに、産業界全体にまで広がることは避けられません。
成果主義処遇制度による年俸制賃金・賃下げ・裁量労働制・長時間のサービス残業・過労死…真綿とパワーハラスメントで首を絞める殺伐とした労働環境が、NTTグループの職場を襲い、そして日本の職場に蔓延することが、現実のものになりそうです。

そしてNTTグループも、先の構造改革リストラで発足した地域子会社を中心に、グループ会社の再編への動きが出てきました。これについては日を改めてお話しします。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2005年1月 | トップページ | 2005年3月 »