2017年3月10日

外国映画を通して異国文化伝え半世紀、『日曜洋画劇場』半世紀の歴史に幕。

 昭和41年に放送を開始し、洋画番組の老舗として君臨してきたTV-ASAHIの映画番組『日曜洋画劇場』が、今年春のダイヤ改正で廃止されることとなりました。
 『日曜洋画劇場』は、TV-ASAHIが教育番組中心だったNET(日本教育テレビ)だった昭和41年10月1日に放送を開始しました。当初は土曜日の放送で、その半年後に日曜日の午後9時からの放送となり、現在に至ってきました。毎週1本の外国映画を紹介することにより「外国映画を通して異国の文化に触れる」ことをコンセプトに放送されてきました。映画は日本語に吹き替えて放送され、番組でしか見られない作品が味わえました。
 番組で人気を上げたのが、平成10年になくなった映画評論家の淀川長治さんの名解説でした。
 1970年代には民放各局で洋画番組が花形番組として編成され、映画の前後には解説者が登場して作品の解説をしていました。
 NIHON-TV『金曜ロードショー』水野晴郎さん、TBS-TV『月曜ロードショー』荻昌弘さん、FUJI-TV『ゴールデン洋画劇場』高島忠夫さん、TV-TOKYO『木曜映画劇場』品田雄吉さん。
 『金曜ロードショー』では水野晴郎さんが番組の最後の「映画ってホントにいいもんですね」といっていましたが、淀川長治は最後に「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」といって、最後に暗い感じのエンディングテーマ曲が流れる中日本語の吹き替え声優などが紹介されると、明日からまた仕事や学校、といって寝床について視聴者の方も多いでしょう。
 そんな映画評論家も次々とこの世を去り、この中では高島忠夫さんが生き残っているだけです。
 ところが平成に入って、衛星放送が本格的に始まり、WOWOWとスターチャンネルが有料でハリウッドのメガヒット作を次々に放送したり、また、レンタルビデオが隆盛し、ビデオで映画を楽しむことも多くなりました。最近ではインターネットのオンデマンド配信も増えてきました。また、劇場ではフィルムではなく、映像ファイルになった作品を上映する、いわゆる“デジタルシネマ”が主流となり、さらには映画放送権の高騰と、民放の洋画番組をめぐる環境は厳しくなりました。
 このため、洋画番組を廃止してバラエティ番組に変更したり、系列BS放送に回す系列も出てきました。淀川長治さんという番組の大黒柱を失った『日曜洋画劇場』も例外ではなく、平成25年4月からは月1本程度の放送に減らされ、減らされた分は単発バラエティ・スペシャル番組になったり、土曜日・日曜日の2夜連続の大型ドラマ特別企画になったりという編成になりました。
 また、かつてのスポンサーだったネスレ日本、松下電器産業(現在のパナソニック)、サントリー、レナウン、トヨタ自動車も相次いで撤退、現在はこれらの会社は提供クレジットには出てきません。
 そして今年4月のダイヤ改正で、土曜日・日曜日の午後9時台にニュース番組を新設するのに伴い、『日曜洋画劇場』も50年にわたる歴史に終止符が打たれることとなりました。2月12日に放送された『相棒・劇場版Ⅰ~絶体絶命!42.195㎞東京ビッグシティマラソン』が最後の放送作品となります。また、単発2時間ドラマの代表的番組として40年間にわたり親しまれてきた『土曜ワイド劇場』も、放送時間を日曜日午前10時からに変更し、タイトルも『日曜ワイド』となります。(今回のTV-ASAHIのダイヤ改正では、平日午後0時台に帯ドラマも新設されます。)
 TV-ASAHIでは「半世紀の長きにわたり皆様にご愛顧をいただいた『日曜洋画劇場』は今回の改編で消滅しますが、今後は別の曜日・時間帯でフレキシブルに映画番組を編成していく。」としています。
 日曜日の夜に外国映画を通して異国の文化を茶の間に伝えてきた洋画番組の老舗『日曜洋画劇場』。
 “家電の王様・娯楽の王様”といわれたテレビの歴史に燦然と輝いた名番組が、また一つ、姿を消すことになります。また、同時にこの番組が果たしてきた、“外国の映画やドラマなどを通しての異国文化の発信”の役割は、BS-ASAHIで毎週土曜日の午後9時から放送している『サタデーシアター』や、外国のテレビドラマを中心に無料で放送しているディズニー系列のチャンネル『D-life』に引き継がれることとなります。(既に不定期放送化の段階でそうなっていますが)

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2017年1月 7日

今更ながら……SMAP解散に思う

平成時代を駆け抜けたジャニーズ事務所所属のアイドルグループ、SMAPが、昨年12月31日に解散しました。もう解散しましたが、私としてのSMAPに関する思いを書かせていただきます。
SMAPは昭和63年、木村拓哉さん、中居正広さん、香取慎吾さん、草彅剛さん、稲垣吾郎さん、森且行さんの6人で結成されました。結成当時はまだ高校生(15歳)以下。とりわけ香取さんはまだ11歳、小学生でした。
平成3年には、西武園ゆうえんちがメインスポンサーとなったTV-ASAHIの番組『アイドル共和国』に出演して人気を集め、その後CDデビューしました。
SMAPにとって大きな転機が訪れました。平成8年4月にFUJI-TVとKTV(関西テレビ放送)が共同制作するバラエティ番組『SMAP×SMAP』(以下『スマスマ』といいます)がスタート。そしてまもなく森さんがグループから脱退、オートレーサーに転向しました。
番組のメインとなったのが、毎回多彩なゲストを迎えて送る“BISTRO SMAP”のコーナー。SMAPのメンバーは、一流シェフ、服部幸應師匠から手ほどきを受けた料理の腕前を披露していました。また、5人が演じるコントや、SMAPの歌も楽しめる構成になり、若い女性を中心に幅広く支持されました。
また、SMAPは個人としての活動も活発で、木村さんと草彅さん、稲垣さんが俳優としてドラマに出演したり、中居さんがバラエティ番組の司会やTBSテレビの五輪中継番組のメインキャスターなど司会者として、香取さんも一時期は“香取ママ”として活躍したほか、各個人がラジオ番組を担当、特に木村さんの番組は、全国の県域FM放送で放送されました。
この間、平成10年3月にはFUJI-TVが新宿区河田町から港区台場へ移転、15年12月の東名阪3大都市圏を皮切りに地上デジタルテレビ放送が始まり、23年7月にアナログ放送が終了、そしてテレビの放送方式もNTSC方式からハイビジョンへと変わりました。テレビ放送の構造的変化の中でSMAPは歩んできました。
ところが昨年1月、某週刊誌にSMAP解散危機の記事が載り、それまでSMAPを支えてきた飯島三智チーフマネージャーがジャニーズ事務所を退社する大騒ぎとなり、ジャニーズ事務所が中居・草彅・香取・稲垣の4人を芸能界から干そうという画策に入りました。
そしてリオデジャネイロ五輪さなかの8月14日未明、「12月31日をもってSMAPを解散する」ということが発表されました。この解散騒動を前に、SMAPは5人そろってFNN系列の『FNSうたの夏まつり』など大型音楽番組はおろか、『FNS27時間テレビ』にも出演しなくなりました。
12月26日、『スマスマ』は最終回を午後6時30分からの約4時間50分のスペシャルとして、“BISTRO SMAP”を中心に20年9ヶ月にわたった番組の総集編を中心に放送しました。また番組中にファンからのメッセージをFAXで募集、1万通以上のFAXが寄せられました。そして、午後11時過ぎに、FUJI-TVに残る秘蔵VTRで構成されたSMAPの28年の奇跡が流された後、12月1日に撮り下ろした『世界に一つだけの花』の歌、そしてこれまで番組を通して苦楽をともにしてきたスタッフと一人一人記念撮影をしました。これが、事実上5人そろう最後の機会となりました。大晦日に放送された『第67回NHK紅白歌合戦』にも出演することなく、その頃は都内の飲食店で木村さんを除く4人と元メンバーの森且行さんが集まって食事を共にし、28年間にわたるグループとしての活動にピリオドを打ちました。今後、木村さんはジャニーズ事務所に残るものの、残りの4人が飯島元マネージャーが中心となって新しい芸能事務所を設立して移籍するということも予想されます。
私のSMAPの思い出としては、平成26年、27年と『FNS27時間テレビ』で企画された“SMAPとめちゃイケ芸人との水泳対決”でした。
『スマスマ』最終回スペシャルの中で『世界に一つだけの花』の前に流された“SMAPの28年の奇跡”の中で流れていた、デビューして間もない頃の昭和63年、『第2回ドキッ!丸ごと水着 女だらけの水泳大会』で、SMAPは放水銃を使って、酒井法子さんや石田ひかりさん、西田ひかるさんなど、当時輝いていた女性アイドル歌手に水をかける係をしていました。それから26年の歳月を経て、SMAPがめちゃイケ芸人と水泳で対決しようという企画が実現しました。2回ともめちゃイケ芸人が勝ち、27年に“本気”をテーマにしたときは、木村さんがバンジージャンプの罰ゲームを受けましたが、生放送で当時と変わらぬ迫力ある真剣勝負の様子が、ハイビジョンのきれいな映像と迫力あるステレオサウンドで伝えられました。これが、FUJI-TVが放送すべき、本格的デジタル放送時代にふさわしいエンタテイメント番組だと、そしてこんな番組がデジタルハイビジョンテレビで見たかった番組だと、私は感じました。
楽曲としてはやはり『世界に一つだけの花』でしたね。もう生で聴く事はできなくなりましたが、嵐など事務所の後輩に歌い継がれてほしいですね。
アナログからデジタルへ、NTSC方式からハイビジョンへ、激変の時代を駆け抜けてきたSMAPの5人。今後、それぞれの道を歩んでいく5人の活躍を期待しましょう。

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2017年1月 1日

昨年の紅白、はっきり言って失敗作!

新年あけましておめでとうございます。
2017年、皆様はどんな新春をお迎えでしょうか?
今年の最初の記事も、例年通りきのう大晦日の『第67回NHK紅白歌合戦』の感想を書きます。
昨年の大晦日、皆さんはどんな思いで『第67回NHK紅白歌合戦』をご覧になりましたか?
昨年の紅白歌合戦は、“夢を歌おう”をテーマに、女優の有村架純さんとアイドルグループ“嵐”の松葉雅紀さんの司会で行われました。
今年の紅白歌合戦は、出場歌手選考の段階で難航を極めました。
今年8月のリオデジャネイロ五輪・パラリンピックのNHK放送テーマ曲『HERO』を歌った安室奈美恵さんや、現在放送中の連続テレビ小説『べっぴんさん』のテーマ曲『ヒカリノアトリエ』を歌ったMr.Childrenさんなどに相次いで出演を断られ、中でも、きのう解散したSMAPには、11月27日の出場歌手発表の後も粘り強く出演交渉をしたものの、12月22日に出演辞退の申し入れがありました。これを受けNHKは、紅白歌合戦でSMAPには一切触れないことにしました。
一方で、NHK側が落選させた歌手も多く、とりわけ、39回の出場を誇った和田アキ子さんや、伍代夏子さん、藤あや子さんといったベテラン勢が相次いで落選、4年連続で『女々しくて』を歌いながら過激なパフォーマンスを見せてくれたゴールデンボンバーも落選しました。3年前に北島三郎さんが、昨年は森進一さんが、そして今年は細川たかしさんが紅白歌合戦の卒業を表明しており、紅白のステージも世代交代が進んでいました。
昨年4月の熊本地震の復興に関する企画も組まれ、有村さんと松葉さんをサポートする総合司会者に、熊本出身で『NHKニュース7』のキャスターの武田真一アナウンサーさんを起用し、Miwaさんの『結』は、『第83回NHK全国学校音楽コンクール・中学校部門』の課題曲であったことから、九州ブロック代表として10月10日の全国大会に出場した熊本市立帯山中学校合唱部の選抜メンバー18人と一緒に歌いました。また、氷川きよしさんの『白雲の城』は、地震で甚大な被害を受けた熊本城の前から生中継しました。武田真一アナウンサーさんは曲の前に、「熊本は私のふるさとです。家族や親戚や友達がいます。育った家もあります。思い出の景色もあります。そんなふるさとが震災で大変なことになってしまいました。今も先が見えない苦しい思いをしている人がいます。遠くはなれていてもふるさとの姿を心に焼き付けていきます。頑張るばい、熊本。」と語りました。
このほか、視聴者参加型の企画として、昨年の大ヒット曲となった桐谷健太さんの『海の声』では、「いっしょに海の声を歌おう」と称して『海の声』を歌う動画を募集し、番組で映像を合成して歌ったり、RADIO FISHの「PERFECT HUMAN」では、900組の応募の中から選ばれた14組のダンサーとともにパフォーマンスを繰り広げ、AKB48は、系列5グループ、342名の中から“夢の48人”を視聴者の投票で選ぶといった企画があり、“視聴者とともに作る歌番組”への努力が見られました。
一方で失敗になったのが、紅白と映画『シン・ゴジラ』とのコラボレーション企画。おそらくSMAP出場辞退の穴埋めという企画で、渋谷のNHKホールにゴジラがやってくるという想定で、「良質の歌を聴かせることでゴジラを凍結することができる。」という連絡を受け、これに応じたのがX JAPAN。高校野球の応援定番曲にもなっている『紅』を歌い、ゴジラを凍結することに成功しました。
また、番組ではスペシャルゲストとしてタモリさんとマツコ・デラックスさんが出演、“ふるさと審査員”として客席を用意されたものの、オープニングでNHKホールの入口で警備員に入場整理券の提示を求められたところ、入場整理券を忘れるという事態となってホールには入れなくなり、その後、奈落の大道具倉庫や楽屋ロビー、ホールのホワイエと場所を変えて随時寸劇が挿入されました。一時ホール内のパイプオルガンのところに2人が姿を現したところもありました。通常より30秒早くフィニッシュし、最後はタモリさんとマツコさんが満足にステージを楽しめないままNHKホールを後にするという形で終了となりました。
さらに極めつけは紅白の勝敗決定方法。ゲスト審査員が各1票で計10票、ふるさと審査員が6人で1票、観客審査2票、視聴者投票2票の計15票を争う形で、観客審査の2票と視聴者投票の2票を白組が獲得したものの、ゲスト審査員の票が逆転、9対6で紅組の勝利となりました。これについて年明け後、ネットでは「不正があったのでは?」「視聴者投票の意味がない」などの批判がありました。私もどうも、何か八百長疑惑でもあったと思いました。その一方で、ゲスト審査員の目線からは、相葉さんの司会は下手で有村さんの方が上という声もあったと解します。
出演交渉の難航から番組企画・演出、そして紅白の勝敗決定方法まで、大失敗が続いた『第67回NHK紅白歌合戦』。私の目線からも、昨年の紅白は史上最悪の失敗作だったといえます。前年の39.2%の視聴率を下回ることは覚悟すべきでしょう。そして、今回の失敗した点を十分反省し、また、視聴者の声を十分くみ取り、今後の番組制作に生かすべきです。そして、午後7時15分からの4時間半の番組では限界があり、今後、午後8時からの3時間45分番組か、午後9時からの2時間45分番組にするかなど、紅白の放送時間の見直しにも踏み込まなければならなくなるかもしれません。
そして、紅組の司会を務めた有村架純さんには、4月3日から始まる連続テレビ小説『ひよっこ』での活躍も期待します。がんばってください!

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2016年12月 6日

史上最も過酷なNAHAマラソン

沖縄の冬の風物詩でもある“太陽と海とジョガーの祭典”『第32回NAHAマラソン』が4日、那覇市を中心とする2市3町で約26,000名が参加して行われました。
4日の那覇市は、12月としては102年ぶりとなる28.2℃まで気温が上がる夏日となり、文字通りNAHAマラソン32年間の歴史の中で最も過酷な気象条件の中で行われました。
レースは午前9時、8月のリオデジャネイロ五輪・パラリンビックで活躍した仲里進さん(39)と糸数陽一さん(25)が打ち鳴らした「万国津梁之鐘」の音を合図に那覇市の明治橋交差点をスタート。異例となる暑さの中でトップ集団はペースダウンし、結局男子はフルマラソン初出場の照屋友貴選手(23・糸満市)が7年ぶりの県勢優勝を果たしましたが、優勝タイムは2時間31分1秒。RBCのテレビ中継も11時半までの放送時間内にフィニッシュのシーンを放送できませんでした。女子は廣瀬光子選手(42・東京都)が2時間49分26秒で前人未到の5連覇を果たしました。
出走26,753人に対し奥武山陸上競技場にゴールできた(ちなみに完走すると琉球ガラス製の記念メダルが贈られます)のは14,138人、完走率は過去2番目に低い53.2%となり、平成11年、第15回大会の52.3%に迫る記録となりました。
今年の沖縄地方は、11月も夏のような気候が続いていました。12月に入っても半袖で過ごせる時期が続いています。そんな中で、走るのにはかなり過酷な気候だったと思います。沖縄の近海ではサンゴ礁が白化して死ぬという地球温暖化が影響する事象が相次いでいます。沖縄もいずれハワイやグアムなどのように“常夏の島”になるのでしょうか?
この日は福岡でも、今年で70回目を迎える『福岡国際マラソン選手権大会』が行われ、NAHAマラソンで優勝したことのある川内優輝選手が2時間9分台で3位に入り、来年8月にロンドンで行われる世界選手権の日本代表に名乗りを上げました。また、神奈川県中郡大磯町でも『第11回湘南国際マラソン』が行われました。

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2016年10月20日

“那覇の文化の殿堂”ついに終幕へ!老朽化、耐震能力不足のため。

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那覇市のみならず沖縄県の文化の殿堂として愛されてきた那覇市民会館(筆者撮影)
昭和45年11月に建設され、以来“那覇の文化の殿堂”として愛されてきた那覇市民会館が、このほどの耐震診断で「震度6強から7の大規模な地震が起こった場合、倒壊、又は崩壊の危険性が高い」と判定され、休館することになりました。那覇市では今後、耐震工事を予定していますが、工事に多額の費用がかかることも予想され、このまま閉館、取り壊しということも予想されます。その場合、9月25日に開催された、地域文化芸能公演『TSUNAGUⅡ』が最後のイベントになります。
那覇市民会館は、昭和45年11月に当時の一流の建築家だった金城信吉さんの設計で建設され、以来、音楽や芸術などのイベントが開催され、那覇市民の文化の向上・推進に寄与してきました。昭和47年5月15日には、沖縄祖国復帰記念式典が行われ、新生沖縄県誕生の舞台ともなった歴史的なホールでもあります。さらに、那覇市内の各小中学校・高校の音楽部の定期演奏会や、合唱コンクール、芸術鑑賞教室の舞台にもなり、多くの市民にとっても思い出のあるホールでもあります。設備は、大・中二つのホールと会議室とその附帯施設で構成され、大ホールは1,668名を収容し、音楽・舞踊・演劇などの公演や、その他大規模な講演会・集会の会場として、中ホールは、800人以下の集会・展示会・講習会などの会場として利用されてきました。
その那覇市民会館も平成19年以降、コンクリート片の落下が年平均5回発生するなど、老朽化が進んできたことから、那覇市では3年前に101年の歴史の幕を閉じた久茂地小学校の跡地に新しい市民会館を建設して移転する構想を明らかにしています。しかし、老朽化が想定以上に進んでいることから、新しい市民会館を建設する前に、無期限の休館となってしまいました。今後は、那覇市久茂地の中心部にあるパレットくもじ内のパレット市民劇場や、浦添市てだこホール、国立劇場おきなわ、沖縄コンベンションセンター劇場などに舞台を求めることになります。
この那覇市民会館の建物は、沖縄県で最初の本格的な文化施設として建設され、沖縄の真夏の日射しを遮る大きな庇や、琉球石灰岩の塀、剝き出しの コンクリートや木材、亜熱帯の植栽、それらの調和で沖縄の原風景を感じさせるという特徴のあるものです。このため、建築家の間では、“沖縄県の近代建築の代表的な作品”という文化的価値のある建物として保存を求める声もあれば、市民会館を取り壊して那覇市の真和志庁舎を移転させ、これに市民会館の隣にある中央図書館・中央公民館の機能を統合した新しい複合施設を建設しようという構想もあります。その真和志庁舎は、市民会館が建設された2年前の昭和43年に建設され、消防署の出張所と真和志支所、水道局が併設された建物で、おそらく沖縄県内で最後まで残った、消防の望楼が残っている建物でもあり、そちらの方がもっと老朽化しています。その真和志庁舎も、平成18年には水道局がおもろまちへ、そして長年にわたり拠点を置いてきた消防署の出張所も今年3月、市民会館の近くでその昔、那覇市教育委員会の庁舎があった神原中学校の隣に移転しました。
私としては、沖縄近代建築の代表的建築物とはいえ、老朽化もある程度進んでいるという観点から、後者の「市民会館取り壊し、真和志支所&中央図書館・中央公民館一体複合施設建設、そして真和志庁舎の取り壊し」に賛同したいと思います。
那覇市はもとより沖縄県の“文化の殿堂”として歩んできた那覇市民会館。想定以上に進んだ老朽化に勝てず、新しい市民会館の建設を待たずにこのまま46年間の歴史にピリオドが打たれることになります。

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2016年7月 5日

沖縄ラジオ界の長老がマイクの前から………

沖縄のRBCラジオで日曜日の夜にナツメロDJ番組を担当していた元RBCアナウンサーの仲地昌京さんが、6月26日の放送を最後にレギュラー番組を卒業しました。
番組はその名も『こんばんは!仲地昌京です』。放送時間は年によって変わってきましたが、今年度は毎週日曜日の午後7時から10時までの3時間、仲地さんがワンマンスタイルで懐かしいヒット曲の数々を、視聴者からのリクエストを交えながら放送してきました。
仲地さんはエフエム沖縄の前身で、米国の宗教法人が運営していた極東放送を経て昭和37年にRBCに入社、技術職志望でしたが、極東放送の試験管から「アナウンサーに向いている」といわれアナウンサーとなりました。昭和38年の“みどり丸沈没事故”、昭和48年の“琉球海運ビル陥没事故”など、県民に衝撃を与えた事故の現場の最前線で取材をし、昔のテレビの人気番組『オキコ・ワンワンチャンネル』(のちの『100万人の大合戦』)では、後にアイドル歌手南沙織を経て写真家の篠山紀信さんに嫁いだ内間明美さんと司会をしていました。そして、ラジオ番組『ナツメロ沖縄50年』では、渋い声と沖縄方言を交えた“仲地節”を聞かせました。
その仲地さんも御年80歳。定年退職となった平成7年10月から始まった番組も20年を超える長寿番組になり、80歳になったのを機に番組をやめることになりました。
最終回当日の26日には、後輩の田久保諭、箕田和男両アナウンサーの番組にゲスト出演した後、午後7時、いよいよ仲地さんのラストランが始まりました。番組には同僚や後輩アナウンサーたちが駆けつけ、20年余り続いた番組の終了を惜しみました。同じ日曜日の夜にテレビで放送されていた『アップダウンクイズ』(22年間)、『さんまのスーパーからくりTV』(22年6か月)には及びませんでしたが、沖縄のナツメロファンに支えられた番組でした。仲地さんはこれでレギュラー番組は“卒業”するものの、これからも生きている限りアナウンサーをつとめたいと言っていました。
来週7月3日からは、元RBCアナウンサーの小山康昭さんが番組を引き継ぎ、タイトルも『こんばんは!小山康昭です』に変わります。その小山さんも5年前にRBCを定年退職、御年65歳。仲地さんのように20年間も続けることはちょっと難しいとは思いますが、1年でも長く、多くのナツメロファンに愛される番組として続けられることを期待しましょう!
その翌日、沖縄芝居の大御所として知られる女優の北島角子(きたじま・すみこ)さんが、昭和38年の番組開始当初から53年間出演していたRBCラジオの長寿番組『民謡で今日拝なびら(ちゅううながびら)』を降板しました。北島さんは月曜と水曜日に出ていましたが、3月から体調不良のため出演を見合わせていました。この日の放送で北島さんは事前収録した約2分間のコメントの中で、「おしゃべりには、自分自身がそのまま出る。それが皆さんに受け止められたのかと思う」などと振り返り、「長い間応援してくださったと思う。ラジオを聞いてくださる方は家族と同じ。」と感謝しました。
『民謡で今日拝なびら(ちゅううながびら)』は昭和38年2月4日に『お国言葉で今日拝なびら』としてスタート、北島さんは第1回の放送から54年間の長きにわたりレギュラー出演していました。現在、番組は月曜から金曜日の午後4時からの生放送。平成23年4月からは、株式市況と競馬中継を中心に放送している“ラジオNIKKEI”を通じて全国に放送されるようになりました。おそらく、番組宛には長年番組に出演していた北島さんの声がもう聞けなくなるのは残念だというようなハガキが全国から殺到していることでしょう。
番組で長年のパートナーだった上原直彦さんも御年77歳、そして共演者の八木政男さん(“やぎ”ではなく“はちき”と読むそうです)も御年85歳。そして北島さんも同じく御年85歳。半世紀以上の長きにわたり沖縄の民謡ファン、そして全国の沖縄ファンにも愛されてきたこの番組にも、いよいよリニューアルの波が打ち寄せてきそうです。
東京でも動きがありました。東京のTBSラジオで30年間続いている『大沢悠里のゆうゆうワイド』が、3月までの平日午前8時半から午後1時までの放送だったのが、4月から土曜日の午後の週1回の放送に変わりました。また、月曜日の夕方に放送されていた永六輔さんの『六輔七転八倒90分』も6月いっぱいで廃止、長年にわたりTBSラジオを支えてきた永六輔さんもついにTBSラジオから姿を消すことになりました。仲地さん同様独特の語り口でリスナーを楽しませてくれた永六輔さんも御年83歳。RBCラジオでも放送されていた『永六輔の誰かとどこかで』でも、沖縄のリスナーにその語り口を披露し、またかつては那覇市の国際通りにあった小劇場“沖縄ジャンジャン”でトークショーをやってくれましたが、3年前にRBCラジオでの放送は打ち切られました。
これまでラジオの世界で活躍してきたベテランパーソナリティーも、年齢と病には勝てず、マイクの前から姿を消していきました。しかし、仲地昌京さんと北島角子さんは特番での登場という余地もあります。ラジオの世界のみならず、世代交代は必ずあるものです。そしてRBCラジオでも既に設置されている本島北部・先島地方に加え、本島中南部地方で“FMステレオ放送”へ向け検討が始まっているのです。

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2016年6月23日

改正風営法きょう施行、ゲームセンターは家族連れが夜間でも利用可能に。

きょう6月23日は慰霊の日。今から71年前の沖縄戦で、日本の司令官が自殺し、沖縄での組織的な地上戦が終わったとされたのを記念して制定され、沖縄県内では学校はお休みです。糸満市の平和祈念公園では、今年も沖縄全戦没者追悼式が行われました。
この日、パチンコ店や性風俗店などの営業を規制する『風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律』(以下“風営法”といいます)が改正されました。
1
今回の改正では、“客にダンスをさせる”お店が風俗営業とは別に“特定遊興飲食店”として定義され、最大午前5時まで深夜営業ができるようになりました。
“特定遊興飲食店”とは、
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その他細かいことは、別のホームページに譲るとして、沖縄県の場合は次のとおりの規制を受けます。
3
そして、もう一つの改正点は、今回の改正で“8号営業”から“5号営業”に変わるゲームセンター営業についてです。法律では全国一律に18歳未満の者は午後10時以降入店禁止となっていますが、都道府県条例によりすべての都道府県で制限が設けられ、その多くが“16歳未満・午後6時まで”と制限しています。沖縄県では、“18歳未満・午後8時まで”であり、16歳未満の者も午後8時まで遊べます。
しかし、ゲームセンター業界をめぐっては、平成26年4月に消費税が5%から8%に引き上げられ、また、ゲーム機がネットワーク対応となり、通信費の負担が重くなったことや、携帯ゲーム機、スマートフォンのゲームアプリが普及したことから、多くの事業者が店舗の閉鎖や廃業に追い込まれるなど、厳しい環境が続いていました。
加えて、業界団体“全日本アミューズメント施設営業者協会(以下“AOU”といいます)”により営業の健全化が図られたことや、AOUから夜間の時間帯に家族連れが利用しやすくしてほしいという警察当局への要望があり、今回の改正で、次の条文が加えられました。
「都道府県は、少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため必要があるときは、条例により、ゲームセンター営業を営む者が午前6時から午後10時までの時間において18歳未満の者を営業所に客として立ち入らせることを禁止し、又は当該営業を営む風俗営業者が当該時間において18歳未満の者を営業所に客として立ち入らせることについて、保護者(父親・母親・祖父母に限る。以下同じ。)の同伴を求めなければならないものとすること、その他必要な制限を定めることができる。」
すなわち、これまで保護者同伴でも16歳未満の者は条例で定められた時間以降はゲームセンターで遊べませんでしたが、今回の改正で、時間帯により保護者同伴を条件として午後10時まで遊べるようになりました。
法律の改正を受け、都道府県で風営法施行条例の改正となり、その多くが例えば、
「ゲームセンターの営業者は、午後6時から午後10時までの時間帯において、16歳未満の者を営業所に客として立ち入らせてはならない。但し、保護者が同伴する16歳未満の者については、この限りではない。」
と条文を定め、すなわち、16歳未満のみでの入店はこれまで通り午後6時までとしますが、保護者同伴の場合は午後10時まで延長するという規制緩和の改正となりました。これにより、夕食後に家族の団らんにゲームを楽しむことが可能になりました。
その一方で、北海道や新潟市のように、現在でもゲームセンターを“非行の温床”として、また近年では毎年4月に全国の小学校6年生と中学校3年生を対象とする“全国学力調査”が行われ、各都道府県で成績を争うようになったことから、“学力低下の温床”とし、特に中学生については、「勉強と心身鍛練(部活動)に専念せねばならない中学生がゲームセンターやカラオケボックスなどの遊べる場所に客として立ち入ることは中学生の本分にそぐわない行為だ。」「本校の生徒ならゲームセンターで遊ぶひまもお金もないはずだ!」などとして昼間(午後6時以前)でも保護者同伴でなければゲームセンターやカラオケボックス、ネットカフェなどに入店禁止としているところもあります。こうした地域では「保護者同伴という条件付とはいえ、夜10時まで延長させるのは、学力と体力をつけるべき小中学生の健全な生活維持に反する。」として反対していました。このため、茨城県、栃木県、岩手県、鳥取県では、これまで通り午後6時以降、保護者同伴でも入店禁止となりました。また、沖縄県でもこれまで通り“18歳未満・午後8時まで”となります。
これまでの店舗リストラなどで低迷が続いていたゲームセンター。31年ぶりとなる今回の規制見直しで、巻き返しなりますか。
なお、午後6時以降にゲームセンターをご利用の際は、店頭で利用できる時間帯をご確認ください。
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2016年6月 5日

軽自動車を買いたいのだが

先月、三菱自動車が日産自動車と共同開発した軽乗用車の燃費計測に不正があったという事件がありました。
その影響で三菱と日産の軽乗用車で不正の対象となった車は生産も販売も停止。前年の同じつきの4分の1にまで落ち込みました。
さらに先月末、今度は同じ軽自動車メーカーのスズキも、燃費計測に不正があったということが判明しました。
軽自動車は一般の乗用車と比べて車検の費用や毎年都道府県に納める自動車税が安いとあって売り上げが伸びてきましたが、昨年、新車の軽自動車に対する自動車税が7,200円から10,800円と50%も引き上げられたことから売り上げが落ち込んできました。加えて最近ではガソリンと電気で走るハイブリッドカーが人気を集めている中で、軽自動車はガソリン単独で燃費を争うことが多くなったことが、不正の原因でした。
私もいつかは中古の軽自動車が欲しいところでしたが、今乗っている車がまだまだ乗れると妹に言われてとりあえず、今の車を車検に通しました。もうしばらく34,500円の重い自動車税に我慢することになります。
そして、ぼくが欲しかったのは不正の対象となった軽自動車(値段が高く手が出ませんでした)ではなく、日産のモコとスズキのMRワゴン、ワゴンRですが、モコとMRワゴンは昨年の12月で生産終了となってしまいました。でも、中古ではまだあると思い、2年後を待つことにします。

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2016年4月 9日

連続テレビ小説『あさが来た』総括

半年間にわたり朝のお茶の間をわかせたNHK大阪放送局制作の朝の連続テレビ小説『あさが来た』が2日に終了しました。
幕末に商社を営む家に生まれた女性実業家、広岡浅子さんをモデルに、銀行、生命保険会社、そして我が国初の女子大学の設立に貢献した女性実業家の生涯を描きました。
最終週のストーリーでは、女子大学の運営を軌道に乗せたあさ(波瑠)が、突如企業経営の第一線から退き、女子大学の運営や夫、新次郎(玉木宏)の看病に専念したいと言い出しました。その後、新次郎は病に倒れ、この世を去ります。新次郎の死から6年後、千代(小芝風花)は3人の女の子の母親になり、お腹にはもう一人を身ごもっていました。そして宣(吉岡里帆)は海外留学から帰国しました。あさは勉強会と称するピクニックに出かけ、「人の気持ちを慮ることのできる優秀な頭脳と、やわらかい心。その二つがあれば十分」と、受講者に教えを説きました。そこで丘の向こうに新次郎の影を発見、押さえきれず新次郎のもとへ走ったあさに、新次郎は手をとって「ご苦労さん、今日も頑張ってはりますな」と優しく声を掛け、抱き合ったところでフィニッシュを迎えました。
2日の最終回の視聴率は27%、一度も週間平均視聴率は20%を下回らず、半年間にわたる放送期間全体の平均視聴率は23.5%と、平成14年前期の『さくら』の23.3%を上回る今世紀最高の視聴率となりました。
今回の朝ドラは、時の安倍政権が提唱する“女性が輝く社会”が企画の背景にありました。朝ドラ史上初めて幕末から物語をスタートし、明治に入って炭鉱、銀行、生命保険会社、女子大学と次々と事業を興していくというストーリーは、“女性が輝く社会”そのものが描かれていると思いました。安倍政権は、女性が次の世代を担う子供を産み、育てながら安心して社会で活躍できる社会づくりを目指していますが、産業界の壁は厚く、果たしてそうなりますでしょうか?
番組の制作総指揮を執った佐野元彦エグゼクティブプロデューサーは、ストーリーの要所要所で豪華なキャストを起用しました。あさの姉・はつ役に、朝ドラ『純情きらり』のヒロイン、宮﨑あおいさん、新次郎の母・よの役に風吹ジュンさん、新撰組の土方歳三役に大河ドラマ『新撰組!』でも演じた山本耕史さん、五代友厚役にディーン・フジオカさん、奈良の行商役に笑福亭鶴瓶さん、明治の実業家・渋沢栄一役に三宅裕司さん、女子大学設立へのアドバイザとなった大隈重信役に高橋英樹さん、その妻・綾子役に松坂慶子さん、生命保険会社の社長役に元NHKアナウンサーの松平定知さんと元ABCアナウンサーの宮根誠司さんなど………そうとうたる豪華出演者でストーリーを盛り上げました。
さらに、今後注目されそうな若手女優陣も起用しました。あさとはつの実家の女中で後に加野屋の番頭だった亀助と結婚して九州へ移住したふゆ役を演じた弱冠14歳の清原果耶ちゃん、あさの娘、千代役を演じた小芝風花ちゃん、あさと千代の少女時代を演じた鈴木梨央ちゃん、女学校の寮で千代と同室だった田村宣役を演じた吉岡里帆さん、いずれも今後の活躍が期待され、将来の朝ドラヒロイン候補にもなりそうな若手女優が、今世紀最高視聴率をあげたこの番組でブレイクし、スポットライトを浴びました。平成25年前期の『あまちゃん』以降、ヒロイン以外の若手女優が、朝ドラを踏み台にブレイクするという傾向ですが、今回も期待の女優が出てきました。
さらにドラマを始め歴史物の番組を得意とするNHK大阪放送局ならではの味付けがドラマ全体を一層引き立てました。こうしたことが今世紀最高視聴率の朝ドラとなりました。おそらく『カーネーション』に続き、ギャラクシー大賞などのタイトルに輝くのは間違いないでしょう。
幕末から明治・大正時代を背景に、大阪有数の両替商に嫁ぎ、商売の才覚を発揮して実業家となり、日本初の女子大学設立に奔走した“明治の女傑”広岡浅子さんをモデルに、その時の女性のパワーが、朝のお茶の間を賑わせました。この番組が、時の安倍政権が提唱する“女性が輝く社会”の構築に一石を投じることを願いたいです。
4日からは、昭和30年代に一世を風靡した生活情報雑誌『暮らしの手帖』の創刊・編集に携わった3姉妹のお話『とと姉ちゃん』が始まりました。静岡県浜松市の染め物工場の営業マンの家庭に生まれ、若くして結核で父を失った3姉妹が、力強く生き抜き、生活情報雑誌の創刊にこぎつけるまでが、どういうふうに描かれますか。

『あさが来た』スピンオフ『割れ鍋にとじふた』
BSPで、4月16日(土)午後9:00から。
『あさが来た』総集編
Gテレで、5月5日(木)、前編(再)午前8:15~、後編午前10:15~。

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2016年1月 2日

2016年の一発目も、『紅白』の感想から

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東の水平線から上ってくる初日の出(南風原町新川の高台で筆者撮影)
2016年、新年あけましておめでとうございます。
清々しい新春をお迎えのことと思います。
リオデジャネイロで夏季オリンピックが行われる今年、私はついに五十路にさしかかります。
いよいよ私も体と向き合わなければならない時期にさしかかっていきます。

一年の初投稿はやはり、昨年の大晦日にやっていた『第66回NHK紅白歌合戦』の感想からです。
昨年の紅白歌合戦は“ザッツ日本!ザッツ紅白!”…これぞ、日本、これぞ、紅白というテーマで、52組(うち中継出場3組)が出演しました。司会は紅組司会が綾瀬はるかさん、白組司会が井ノ原快彦さん、総合司会が黒柳徹子さんと有働由美子アナウンサーでした。
番組制作に当たり、制作に当たった柴崎哲也チーフプロデューサーは、出場歌手人選の段階で、特に紅組について大なたを振るいました。平成23年の第63回で井上真央さんの司会で勝って以来、3連敗となっている紅組は、声優としても活躍している水樹奈々さんやAKB48グループのSKE48、HKT48、そして3年連続出場のももいろクローバーZやきゃりーぱみゅぱみゅも落選させました。代わって、歌唱力に優れたSuperflyや、3年前にナミブ砂漠から生中継で歌声を披露してくれたMISIAさん、アニメ『ラブライブ!』(きょうからNHK Eテレで放送)に登場するアイドルグループの声を担当する女性声優9人組「μ’s」(ミューズ)、20周年の再結成で初出場となったレベッカなどを加え、ジャニーズ事務所所属タレント、そしてジャニーズファンの牙城を崩そうと大なたが振るわれました。一方、白組もポルノグラフィティが大晦日のNHKホールにお呼ばれなしとなりました。
当日のステージでも、午後9時からの第2部の最初に連続テレビ小説『あさが来た』の“紅白特別編”を持って行き、波瑠さんを始め同番組の出演者が駆けつける中、NMB48の『365日の紙飛行機』へとつなぎ、高橋みなみさんがメンバーとして最後のテレビ音楽番組出演となるAKB48の『10周年記念メドレー』では、AKB48OGの前田敦子さんと大島優子さんがサプライズ出演するなど盛り上げました。
こうしたことで視聴者の支持を受け、紅組の4年ぶりの勝利となりました。
一方で、昭和43年の19回紅白から48年連続で出場、北島三郎さんとともに“紅白の顔”として君臨してきた森進一さんが、デビュー50周年を機に紅白への出演をやめることになりました。『襟裳岬』『冬のリヴィエラ』などのヒット曲と渋い歌声で知られていた森進一さんは、彼の代表曲である『おふくろさん』を万感の思いを込め歌いました。2年前に勇退した北島三郎さんにつづき、また一人『紅白歌合戦』を支えた歌手が、紅白のステージから去って行きました。
ヒット曲が出にくいという時代になった中で、今回の紅白は、1980年代の紅白をただよわせる演出になっていました。現在ではステージにオーケストラは出てこないものと、トリが近藤真彦さんと松田聖子さんなのがその違いですが。番組全体に「これぞ日本文化、これぞNHK!」というメッセージが込められていました。NHK様には今年も“ザッツ、日本文化、ザッツ、NHK”という番組をお願いします。
視聴率は午後7:15~8:55の第1部が34.8%、9:00~11:45の第2部が39.2%と、7年ぶりに40%を割りましたが、多チャンネル化やヒット曲が出にくいということを考えれば、高視聴率であったといえるでしょう。
そのNHKですが、23年間の長きにわたり多くの演歌・歌謡曲ファンに愛されてきた火曜日夜の『NHK歌謡コンサート』と、日曜日深夜の若者向け音楽番組『MUSIC JAPAN』を3月いっぱいで廃止し、代わりに4月から、両番組を統合した新しい生放送・生演奏の音楽番組を火曜日午後7:30に新設することが関係者の話でわかっています。両番組とも前身の番組から数えれば半世紀近い歴史のある番組だけに、どんな番組になるかが注目されます。

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