2012年1月28日

韓国の“アイドルスター大運動会”

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150人のアイドルタレントが参加した『第4回MBCアイドルスター陸上水泳選手権大会』の開幕式(1月8日、ソウル市・蚕室(チャムシル)室内体育館) 

韓国では沖縄同様、旧暦で正月と盆をやります。
その韓国には、韓国最大の民間放送、韓国文化放送(以下“MBC”といいます)があります。日本にも、“文化放送”という名前の放送局が東京にありますが、こちらはラジオ単営局。MBCは、地上デジタルテレビのほか、中波ラジオ、FMラジオ、デジタルマルチメディア放送の4つの電波を運営しています。
そのMBCが、現在の日本では考えられない『アイドルスター陸上水泳選手権大会』というテレビ番組を開催しました。
韓国の人気アイドルタレントが一堂に集結し、陸上競技や水泳にしのぎを削るというもので、平成22年(2010年)の旧盆に第1回大会が開催され、以後毎年夏(旧盆)と冬(旧正月)の年2回開催されています。大会は、夏の大会がソウル市の蚕室(チャムシル)陸上競技場(14年前のソウル五輪のオリンピックスタジアムになった競技場)で陸上競技のみ、冬の大会がソウル市内の室内温水プールでの水泳競技と、体育館での陸上競技が行われます。第4回の今回は、1月7日に水泳競技が非公開で収録、8日にソウル市の蚕室(チャムシル)室内体育館で陸上競技が公開収録され、24日の5:15PMから韓国全土で放送されました。
私は日本、それも沖縄に住んでいるために番組を見ることができませんでしたが、インターネットで情報を拾ったところでは、今回の大会は約150人ものアイドルタレントが13チームに分かれて参加(最も人気の高い少女時代やKARAは出場していません)、水泳競技では、ガールズアイドルグループの“Rainbow”が昨年に続きシンクロナイズドスイミングを披露したという話も聞かれます。結果は、2チームが同点優勝したそうです。
番組を開催したMBCは、日本のFUJI-TVと友好関係があり、東京・台場のFUJI-TVの社屋内にMBCの日本支局を、ソウルのMBCの社屋内にFUJI-TVの韓国支局を相互に設置しており、ニュース素材の交換などが行われています。その日本のFUJI-TVでも、その昔、芸能人による水泳大会や運動会などを開催したことがありました。
FUJI-TVにはかつて、毎週火曜日の7:30PMに1時間23分の常設スペシャル番組『火曜ワイドスペシャル』がありました。(現在でも同タイトルの番組が7:00PMから1時間54分で放送されていますが、コンセプトが異なります。)月1回組まれるザ・ドリフターズ主演のバラエティ『ドリフ大爆笑』(現在もこの番組はCS放送の“ファミリー劇場”で見ることができます)を中心に、年間を通して四季折々の娯楽番組を届けてきました。その中に、芸能人水泳大会と芸能人運動会が、それぞれ年2回ずつ組まれていました。
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今から約30年前、日本のテレビではアイドル歌手が水着姿になって競泳や水上ゲームにしのぎを削る“芸能人水泳大会”が放送されていた。上記の画像4枚とも昭和55年(1980年)の夏の大会。((c)1980 FUJI-TV)
芸能人水泳大会は、おおむね2月と7月に組まれ、神奈川県中郡にある大磯ロングビーチ(冬の大会はその敷地内の室内温水プール)を舞台に、当時人気を誇ったアイドル歌手が紅組と白組に分かれ、水上ゲームや競泳などにしのぎを削ったもので、アイドル歌手が水着姿で持ち歌を披露するというのもありました。一方で、水上騎馬戦の際に、ビキニ姿の女の子が、ビキニのブラをはがされ乳首が露出という不健全なシーンもあり、PTAからクレームも受けたこともありました。
芸能人運動会はおおむね5月と10月に組まれ、主として東京都体育館で開催され、これも当時人気を誇ったアイドル歌手が紅組と白組に分かれ、陸上競技にしのぎを削りました。ランニングにブルマーというセクシーなスタイルの女性アイドル歌手に、当時の若者たちの視線が集まりました。
芸能人水泳大会と芸能人運動会は、1970年代から80年代にかけてのアイドル全盛期の人気番組でした。陸上競技と水泳競技を通して、ふだんの歌番組では見られない歌手の変わった側面を見ることができました。しかし、芸能人運動会は昭和60年(1985年)に廃止、芸能人水泳大会も昭和62年(1987年)から女性アイドル中心の大会となりましたが、アイドルの多様化や構造的な変化もあり、平成6年(1994年)には夏の大会が廃止、冬の大会も平成10年(1998年)を最後に姿を消しました。
また、FUJI-TVには、正月に芸能人がかくし芸を披露する、渡辺プロダクションと共同制作の娯楽番組『新春かくし芸大会』という番組もありましたが、視聴率の低迷や番組制作費の削減などを理由に平成22年(2010年)を最後に47年間の歴史に幕を閉じました。
こうした芸能人水泳大会と芸能人運動会は、出場するタレントが100名を超えます。昔は番組の趣旨を理解する提供スポンサーがついていたからこそできましたが、テレビ放送が完全デジタル化され、ハイビジョンのきれいな映像が標準テレビ方式となった現在では、提供スポンサーがつきにくく、番組制作費の確保もままならず、さらにアイドルタレントの数も限られ、番組を企画することが難しくなりました。
現在の日本の民放テレビ各局のバラエティ番組では、VTR素材が流れている間に画面の隅に、スタジオ出演のタレントがVTRを見ている表情が小画面で映し出され、画面の左上、右上には常時スーパーが表示され、そして盛り上がってきたところで突然CMに入り、90~120秒間のCMが終わるとCMに入る数十秒前のところから再開するという“山場CM”というのも多くなっています。毎年4月、10月の番組改編期や年末年始には、通常1時間で放送しているバラエティ番組が2時間スペシャルとして組まれていましたが、最近では4時間を超えるスペシャル番組も多く組まれるようになったり、改編期以外の時期にも、時期を見て2時間スペシャルを組まれるようになりました。これも、提供スポンサーがつきにくくなり、番組制作費も削減されているのがその理由で、毎週決まった曜日・時間帯に1時間のバラエティ番組を組むのが困難になり、近い将来、すべての曜日で7:00~9:00PMの時間帯が2時間の常設スペシャル番組となり、曜日ごとに隔週2時間、月1回2時間といった形式のバラエティ番組になることも予想されます。
韓国では、ニュースやスポーツ、ドラマ、バラエティなど、民間放送で放送されるすべてのテレビ番組では、番組本編中にCMをはさむことはできません。CMは、番組本編の前後にまとめて放送されます。日本での盛り上がってきたところで突然CMに入ることや、番組途中で提供クレジットが入るということも、韓国ではありません。視聴者は安心してテレビ番組を楽しむことができます。
私が小中学生だった頃は、アイドル全盛期でした。1980年代、テレビではアイドルタレントが歌番組やドラマに出ているのをよく見ました。しかし、現在、ドラマやバラエティ番組に出ているアイドルタレントは、男性が嵐やSMAPなどジャニーズ事務所所属のタレントが、女性がAKB48を中心とした多人数グループアイドルが主流となっています。
今でも『懐かしいアイドルの写真帳』など昔の80年代アイドル関連の画像サイトを見ますが、あの頃はかわいらしいアイドルタレントがいっぱいいただけに、私も彼女たちのようなタイプの女性と結婚したかった思いを抱いていましたが、それも叶わぬ夢でした。
1970年代から80年代にかけてのアイドル全盛期に、芸能人水泳大会と芸能人運動会を放送してきたFUJI-TVも、現在は平日の午後の時間帯に関東地方向けに韓国ドラマを放送するようになり、視聴者の間では、FUJI-TVに対し“韓流批判”をする視聴者も多く、東京・台場にあるFUJI-TVの本社でデモを行う団体も多くなりました。その昔視聴者の人気を集めた芸能人水泳大会と芸能人運動会のノウハウを、友好関係にある韓国文化放送にもっていかれてしまいました。日本のテレビ番組(とりわけ民間放送の番組)の質が、著しく低下していったことを、ひしひしと感じています。韓国人の目に日本のテレビのバラエティ番組がどのように見られているのか、おそらく、つまらない、くだらないという感想が返ってくるものと思います。
私は、今回の韓国のアイドルスターの水泳大会・運動会の話題を聞いて、日本の芸能界の国際競争力が低下していったということを感じさせられました。残念です。
ちなみに、次回の『第5回MBCアイドルスター陸上選手権大会』は、陸上競技のみの大会となり、旧盆に当たる9月1日前後に放送される予定だとか。

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2012年1月 1日

2012年のはじまりもまた『紅白』の感想から

新年あけましておめでとうございます。
穏やかな新年をお迎えのことと思います。
旧年中は多忙のため、このブログ更新が少なくなっていました。毎度のことお詫び申し上げます。
今年は沖縄が祖国に復帰して40年。しかし、米軍普天間基地の名護市辺野古への移転問題で今年もまた揺れる一年になると思われます。
そして今年の7月には英国のロンドンで『第30回オリンピック競技大会』が開催され、多くのスポーツの感動が期待されます。

前置きはこれくらいにして、今年もまた新年最初はきのうの『第62回NHK紅白歌合戦』の感想から始めます。
きのうの大晦日にNHKホールから生放送された『第62回NHK紅白歌合戦』、みなさんはご覧になられましたか?
ご存じのように昨年の3月11日に東北地方の太平洋岸を震源とするマグニチュード9の大地震が発生、これによって最大38mもの大津波が太平洋沿岸の街を襲い、約2万人もの死者・行方不明者を出す大震災が発生、さらに大津波の被害を受けた東京電力福島第一原発の大規模な事故で原発周辺の多くの住民が避難を余儀なくされました。
また、9月には台風12号が奈良県の山間部を襲い、深層崩壊による山崩れを起こし、ここでも多くの住民が家や尊い命を奪われました。
NHKではこの大規模な災害の報道に全力を挙げて取り組みました。また、震災直後にはEテレとFMラジオで安否情報を流し、震災報道が落ち着いた後も東日本大震災の被災者がかけがえのない家族や住まいなどを失った悲しみを乗り越え、復興していく姿を『NHKスペシャル』などの番組で放送しています。
音楽番組の制作にあたるスタッフもまた、東日本大震災の被災者を元気づける番組作りに取り組みました。3月11日の震災直後、予定されていた通常の音楽番組の放送を取りやめ、人気アーチストからの励ましのメッセージと歌で構成した『歌でつなごう~被災地の皆さんへ』という3分間のショートプログラム全24本を制作、震災報道番組の合間に放送しました。また、5月3日には『歌でつなごう~今あなたに歌いたい』と題しての音楽特集番組を制作、これに際してスタッフは被災地に足を運び元気にがんばっている子供たちを取材し、歌の合間に番組で紹介しました。そして、ニュース番組でも話題になった、仙台市立八軒中学校の吹奏楽・合唱部の『明日という日が』の合唱で番組を結びました。
被災者はもとより国民を元気づける番組作りのこの一年の集大成が『紅白歌合戦』です。
昨年の紅白は、白組の司会が昨年に続きジャニーズ事務所所属のアイドルグループ、嵐、紅組の司会が連続テレビ小説『おひさま』のヒロインを演じた女優の井上真央さんでした。
番組には55組の歌手が出演、その1人1組が、この1年の集大成の歌声を披露してくれました。
昨年の紅白は、東日本大震災の復興という意味合いから“あしたを歌おう”をテーマにした歌の祭典が組み立てられました。「歌の力で、私たちの力で、あしたを歌おう!」と、両軍の司会者が開幕を告げた後に流されたオープニングテーマ曲『1231』は、宮城県出身の作曲家、菅野よう子さんが番組のために書き下ろしました。
出場歌手の中には、千昌夫さんや西田敏行さんのほか、福島県のバンド“猪苗代湖ズ”といった東北出身の歌手もいました。それぞれが、被災地の復興を望み、熱唱しました。
藤あや子さんと細川たかしさんのところでは、青森のねぶたや秋田の竿灯など、東北の祭りに携わる関係者が出演して盛り上げました。
両軍の司会者がプレゼンターとなった東北応援企画を用意。井上真央さんは、写真家の小林紀晴さんが3月11日に生まれた赤ちゃんを探し歩き、そのときに撮影した写真を見た彼女が、宮城県の赤ちゃんとその家族に会いに行ったときの様子を彼女のナレーション入りのVTRで紹介しました。嵐は、福島県のある中学校の体育館で長年使われ、卒業式の直後に津波で破壊され、地元のピアノ業者が慎重に修理を施し、見事に音がよみがえったピアノを借り、ステージで嵐の櫻井翔さんが演奏する中、一昨年の紅白で歌い好評だった特別企画曲『ふるさと』を歌い上げました。
また、海外からは、ジャッキー・チェンさんやレディー・ガガさんもVTRでメッセージを寄せてくれました。
このように、昨年の紅白は、東北大震災被災地の復興を祈るための意味合いの大きかった紅白でした。
そして『紅白歌合戦』もうひとつの柱は、NHK全体が“公共放送”としてのこの一年の取り組みの集大成を、NHKホールで大型の音楽番組として示し、その評価を紅組、白組どちらがよかったかを簡単な方法で視聴者の皆さんに問うというものです。
また、番組では初めての試みとして、紅組司会の井上真央さんが着る衣装のデザインを公募しました。1341通の応募の中から、番組が審査をした結果、桜色と絆を表現するバックのリボンをモチーフにした、群馬県の園田麻衣さんのデザインが選ばれました。園田さんは「被災地の、また日本の復興を願って、春にはすべての人が美しい桜を目にすることができますように。」という思いを衣装デザインにしたということです。井上さんは、午後10時台の中で約40分間この衣装を着用しました。
さらに番組では“紅白応援・あしたへのメッセージ”と称して、視聴者から出場歌手へのメッセージを放送当日の正午まで募集、番組ホームページのほか、番組内でも随時紹介しました。このように、『紅白歌合戦』は、視聴者とともに楽しむ音楽番組を目指しました。
4時間半にわたる歌の祭典の視聴者の評価は、井上真央さん率いる紅組に軍配を上げました。7年ぶり、視聴者投票が導入されてからでは初めての紅組勝利です。紅組は、AKB48の姉妹グループを含めた210人のステージをはじめ、韓国からの少女時代、KARA、松田聖子さん、神田沙也加さん親子の東京体育館からの『上を向いて歩こう』の熱唱、松任谷由実さんの『(みんなの)春よ、来い』の大学の合唱団をしたがえてのステージ、そして私が最もよかった、椎名林檎さんの『カーネーション』に続く、軽快なジャズのリズムに乗せた「女の子は誰でも」で迫力あるステージを見せてくれました。私は椎名さんのステージを評価し、紅組に1票を入れさせていただきました。逆に白組は、長渕剛さんが被災地・宮城県石巻市の小学校の校庭からの中継歌唱や、SMAPが大トリのステージで客席まで降りて一体感を演出しましたが及びませんでした。
地震や津波などの自然災害の報道に的確に対応し、国民の皆さんに災害情報をいち早く知らせ、また、被災地の様子や復興に取り組む人々の様子を伝えるだけではなく、音楽・娯楽番組を通して被災者をはじめ国民を元気づけるというのもまた、“公共放送・NHK”の使命です。東京の放送センターだけでなく、全国に散らばって地域のニュースを発信したり、地域密着の番組を作るアナウンサーやスタッフもまた公共放送に携わる者としての使命を背負っています。NHKの被災者の心の復興に資する音楽・娯楽番組制作への取り組みは今年も続きます。
なお、この『第62回NHK紅白歌合戦』は、きょう午後2時頃から15日まで、“NHKオンデマンド番組配信サービス”でもご覧になれます。詳しくはこちら

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2011年12月31日

『水戸黄門』は日本のテレビ産業の象徴だった

久々のブログ投稿となります。
42年間の長きにわたり“国民的時代劇”番組として国民に親しまれてきた、パナソニックグループ提供の時代劇番組『水戸黄門』が19日の最終回2時間スペシャルを最後にその歴史に幕を下ろしました。
『水戸黄門』は昭和44年8月にスタート、ご老公一行が全国を行脚し、悪を懲らしめるスタイルが親しまれ、番組終盤あの立ち回りシーン、格さんが「静まれ!静まれ!この紋所が目に入らぬか!」と印籠を見せて正体を明かす場面が人気を博しました。昭和54年2月5日放送の第9部第27話では43.7%もの視聴率を記録しました。また、「疾風のお絹」役の由美かおるさんの入浴シーンも人気を集めました。また、番組はマンネリ化の防止のため、マンネリを防ぐため6~9ヶ月を1シーズンとし、『江戸を斬る』『大岡越前』と交代で放送されていました。43シーズン通算の放送回数は1,227回にも上りました。
私にとっては今年7月にこのブログでも申しましたように、10年前、NHK・Gテレの『生きもの地球紀行』という、柳生博さんと宮崎美子さんがナレーターを務める自然紀行の番組、今も小学校の愛唱歌として歌われているエンディングテーマの『ビリーブ』が流れて番組が終わったあと、チャンネルを10チャンネルに変えて『水戸黄門』の立ちまわりシーン、そして葵の紋所が出るというのを見るのが、月曜夜のお楽しみでした。現在も『鶴瓶の家族に乾杯』が終わったあとに『水戸黄門』の紋所の時間となっていましたが、来年1月以降、『鶴瓶の家族に乾杯』が終わったあとにチャンネルを3チャンネルに変えても、『水戸黄門』の紋所の時間が見られなくなるのは寂しいかぎりです。
なぜ、このように月曜夜のお楽しみがなくなってしまったのか、その理由は2つあります。
1つは、近年のストーリー、キャスティングの失敗。「疾風のお絹」役の由美かおるさんが第41シーズン限りで卒業した後を受け、昨年10月の第42シーズンから、格さん助さん役を的場浩司と東幹久にリニューアルし、由美かおるに代わる女性新キャラクターに雛形あきこさんを起用、さらに若い視聴者を取り込もうと、ストーリーを複雑化し、紋所の出し方や、出す時間帯を見直しました。これが失敗となり、視聴率も9%台に低迷。加えて時代劇番組そのものの見直しがあり、NHKでさえ、今年3月までGテレの土曜日夜に編成していた時代劇番組をBSPに移行するほどでした。
もう1つは、テレビ放送の完全デジタル化に起因するテレビ産業そのものの衰退。
ご存じのように、東日本大震災で甚大な被害を出した岩手県、宮城県、福島県を除いた44都道府県で、今年7月24日にアナログテレビ放送が終了し、テレビ放送は完全デジタル化されました。前述の3県でも来年3月いっぱいで、アナログテレビ放送が終了する予定です。
この“完全地デジ化”を前に、家電業界ではデジタル放送対応のテレビ受像器の販売に全力を挙げてきました。しかし、アナログテレビ放送が終了し、テレビ特需が過ぎ去ると、テレビの売れ行きは落ち込み、大画面の薄型テレビの値段は50型で15万円を切るほどに値崩れしました。メーカー各社とも、最近は3D(三次元)映像に対応したものや、ハードディスクなどの録画機能を搭載したものなどを市場に投入していますが、抜本的な売り上げの回復には至っていません。
42年間にわたり『水戸黄門』を一貫して提供し続けてきたパナソニックも、大画面プラズマテレビのトップメーカーだったのが最近では韓国や中国など新興国との競争が激しくなり、今年10月31日にはついに、半世紀にわたりテレビ受像機を生産してきた茨木工場でのテレビ受像機生産を終了しました。『水戸黄門』終了後の来年1月には、これまで兄弟会社として事業をともにしてきたパナソニック電工を吸収合併、さらにその昔、日曜朝8時に放送していた『兼高かおる世界の旅』を提供していた三洋電機も、事業を解体して子会社に統合するという、大規模な事業再編を敢行します。
『水戸黄門』のあと、年末年始特別編成を挟んで1月9日からは、宮部みゆきさんの同名小説をドラマ化した『ステップファザー・ステップ』が放送されます。(9日は午後7時から2話分を一挙放送)この作品も、パナソニックグループの1社提供ですが、『水戸黄門』終了を機に、半世紀以上にわたって月曜午後8時枠で放送されてきた『パナソニック・ドラマシアター』枠の廃止、すなわちパナソニックがスポンサー撤退することも予想されます。もし、これが現実のものとなれば、“家電の王様”“娯楽の王様”としてのテレビ産業の衰退を物語ることになるでしょう。
『水戸黄門』以外にも、アナログ放送の歴史を支えてきた番組が次々と終了していきました。
『3年B組金八先生』
昭和54年10月にスタートし、8シリーズ、単発スペシャル12本が制作されてきたこの作品は、15歳の妊娠問題や校内暴力など、その時代の中学生をとりまく問題をドラマ化し、また、生徒役で多くのスターを輩出しました。長年にわたり金八先生を演じてきた武田鉄矢さんも62歳、そして番組制作の陣頭指揮を執ってきた柳井満プロデューサーも、平成7年にTBSテレビ定年後も嘱託社員として金八先生の制作のかたわら、多くの若手スタッフの育成にあたってきたものの76歳。今年3月27日放送の4時間あまりにわたるスペシャルで、32年間の歴史を閉じました。(視聴率19.7%)その武田鉄矢さん、今年10月に大動脈弁狭窄症の手術を受けたとか。
『渡る世間は鬼ばかり』
飲食店を舞台に描かれる、橋田壽賀子脚本のホームドラマ。平成2年にスタート、以後隔年ごとに1年間のシリーズで放送され、『ザ・ベストテン』亡き後の木曜夜9時の人気番組として人気を集めてきましたが、番組スタートから20年の区切りということで、出演者も、そして脚本を書いてきた橋田さんも、そして番組制作の陣頭指揮を執ってきた石井ふく子プロデューサーも高齢であり、加えて岡倉大吉役を演じてきた藤岡琢也さんも亡くなったことから、出演者や橋田さん、石井さんがまだ健在なうちに番組を終了させることになりました。今年9月29日に放送された最終回2時間スペシャルは、22.2%の視聴率で締めくくりました。
そして、沖縄の正月といえばこの番組、『新春民謡紅白歌合戦』。
毎年正月に沖縄県内で活躍する民謡歌手が紅白に分かれて歌を披露し合う、昭和37年にスタートしたRBCテレビ新春恒例の民謡番組。日本国内では沖縄県のみの放送でしたが、太平洋を越えハワイや南米のテレビ局にもネットされ、現地の沖縄系移民にも沖縄からの正月の沖縄民謡に、沖縄を懐かしむ視聴者の姿もありました。しかし昨年、メインスポンサーのクレジットカード会社がスポンサー撤退、加えて公開収録を行うのに必要なホールの借り賃も行政改革の影響で高騰、「もう民謡で歌合戦をやる時代は終わった」ということで平成22年を最後に48年の歴史に終止符。今年は、『世界のウチナーンチュ大会』をテーマに、ベテラン民謡歌手登川誠仁さんの主演での普通の民謡番組『おきなわ春夏秋冬~海を越えた島唄』を放送しました。来年も元日に『おきなわ春夏秋冬2012』を放送します。来年は沖縄祖国復帰40周年の年。民謡を通して、時代の波に翻弄されて来た沖縄の戦後の歴史を振り返ります。あすの元日、午後3時5分~4時53分、沖縄県のみの放送です。
51年の長きにわたり本土からの人気番組から沖縄の文化までを発信し、全琉の家庭を結んできたRBCテレビのアナログ放送は、平成23年7月24日午後11時54分、その昔、RBCラジオのホームソングとして誕生した、普久原恒男作曲の名曲『芭蕉譜』のフルート、ピアノ、バイオリンのアンサンブルの調べが流れる中、51年間の歴史に幕を閉じました。しかも、
「これまで51年間の長きにわたり、RBCテレビ・アナログ10チャンネルをご覧くださいまして誠にありがとうございました。」
のあいさつの前に、テレビマスター室での遠隔操作で、送信機の電源が落とされました。
そして、金八先生、渡鬼、民謡紅白、そして水戸黄門。
これらアナログ放送の歴史を彩った人気番組が相次いで茶の間から姿を消す。
このことは、7年8ヶ月にわたるアナログからデジタルへの移行という中で、視聴者のテレビ離れが進み、放送番組の内容がうすれてしまったという感じがしました。
とりわけ、大手家電メーカーが1社提供してきた『水戸黄門』の終焉は、“家電の王様”“娯楽の王様”としてのテレビ産業の衰退を感じさせる出来事となりました。
国策として推し進められてきたテレビ放送のデジタル化が、“視聴者への高品質な番組の提供”という目的ではなく“デジタル化によるテレビ放送周波数帯の集約と空いた周波数帯の他目的への転用”という目的にとどまってしまうのか?
あすから始まる2012年、テレビ産業がますます衰退していくのかが懸念されます。

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2011年8月25日

“テレビ界の帝王”島田紳助が暴力団員との交際を理由に引退

民放のバラエティ番組の司会者として人気を集めていたタレントの島田紳助さん(55)(本名:長谷川公彦)が23日夜、東京で所属事務所の社長と記者会見を開き、暴力団関係者との親密な関係があったことを理由に芸能活動から引退することを明らかにしました。


島田紳助さんは23日夜10時から、東京・新宿区にある所属事務所「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」の社長とともに記者会見を開きました。所属事務所によりますと、島田さんは平成17年6月ごろから平成19年の6月ごろまでの間に暴力団関係者との間に一定の親密さをうかがわせる携帯メールのやり取りを行っていたことが明らかになったということです。事実関係について島田さんに確認をしたところ、暴力団関係者との関係を認め、みずから社会的責任をとって芸能活動から引退すると申し出たため、所属事務所は島田さんが引退することを了承したということです。

「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」の水谷暢宏社長は「メールのやり取り自体は法律に触れるようなものではなく、暴力団関係者などとの経済的な利害関係が認められるものではない」としたうえで、「社会的影響力の高いテレビなどのメディアに出演しているタレントとしては理由を問わず許されないもので、多数のテレビ番組にメイン司会者として出演していることなどを考えれば事務所としては厳しい態度で臨むべきだと判断するに至った」としています。

島田さんは民放各局でバラエティー番組やクイズ番組など6本のレギュラー番組に出演していました。今回の問題を受けて、急きょ出演番組の放送を取りやめるなど、各局は対応に追われています。

(以上、NHKニュースより)

島田紳助さんは過去に元マネジャーへの暴力事件も引き起こしており、多数のテレビ番組の司会をし、高度な倫理観を要求される職業柄である以上、暴力団関係者との交際は言語道断であると思います。芸能界を去るのは当然でしょう。

島田紳助さんが芸能界から引退したのに伴い、レギュラー出演していた番組を放送していた民放各局が、急きょ出演番組の放送を取りやめるなどの対応に追われています。
このうちFUJI-TVでは、きのう24日午後7:00から放送予定だった『クイズ!ヘキサゴン2』を取りやめ、6月に関東ローカルで放送した『タカトシ・温水の1000円握って食べまくり旅』を再編集して放送しました。このヘキサゴン、2度も沖縄でクイズ合宿をしました。おそらく、紳助ありきの番組なので打ち切りは確実でしょう。
【NIHON-TV (NNN) 系】
『行列の出来る法律相談所』(沖縄ではOTVが1週遅れの日曜日午前9:00に放送)の28日放送分、『人生が変わる1分間の深イイ話』(沖縄ではRBCが木曜日午後7:00に放送)の29日放送分を中止。両番組とも10月以降は司会者を変更して継続する方針。
【TV-ASAHI (ANN) 系】
『クイズ!紳助くん』(ABC制作)(沖縄ではQABが数ヶ月遅れで土曜日午後4:00に放送。ただし、ゴルフ中継で休止する場合あり。)番組では毎年沖縄を取り上げてくれていたが、番組の主の紳助くんの引退で番組そのものも打ち切りとなるでしょう。残念です。
【TBSテレビ(JNN)系】
『紳助社長のプロデュース大作戦』(毎週火曜午後7:00)9月6日、13日の放送を休止。30日は『世界陸上中継』のため休止。このまま打ち切りとなるでしょう。沖縄の宮古島での民宿経営をプロデュースしただけに残念。また、春と秋、半年に1度の大型クイズバラエティ『オールスター感謝祭』の司会を務めており、後任にはTBSテレビの安住紳一郎アナウンサーさんが有力か。
【TV-TOKYO (TXN) 系】
TV-TOKYO最大の人気番組『開運!なんでも鑑定団』(沖縄ではRBCが日曜日午前9:55に放送)の司会を、石坂浩二さん、吉田真由子さんとともに務めていましたが、次回30日の放送は収録し直し、今後も司会者を変えて続行するとのことです。TXN系列局以外ではしばらく放送できないことになるでしょう。

県内のテレビ局でも島田紳助さんの暴力団関係者との交際による芸能界引退に伴い、出演番組の放送中止、差し替えの対応が出てきています。
RBCテレビではきのう午後3:55から予定していた『開運!なんでも鑑定団』(再放送)を取りやめ、きのう放送した韓国ドラマ『宮(クン)』の最終回を再放送、またきょう午後7:00から予定していた『1分間の深イイ話』を『コレってアリですか?』に変更します。
“テレビ界の帝王”といわれ芸能界に多大な貢献のあった島田紳助さん。暴力団関係者との交際が明らかになり芸能界を去ることになりました。同時にテレビ界にも多大な影響が及び、デジタル化でますます強まる視聴者の“テレビ離れ”にますます拍車がかかることでしょう。

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2011年8月21日

『ずっとここから』の歌とともに刻まれた学校の名前は、日本大学第三高校!

「夢を追い、白球を追える喜びをかみしめた2011年。選手が父親と慕う熱血監督の下、西東京代表、日本大学第三高校、深い絆でつかんだ2度目の全国制覇です!」
甲子園球場で開催されていた『第93回全国高校野球選手権大会』の決勝戦『光星学院VS日大第三』がきのう、阪神甲子園球場に47,000人の観客を集めて行われました。
青森県勢としては昭和44年、太田幸司投手を擁して松山商業高校と延長18回、0-0の引き分け再試合を演じた末松山商業高校に敗れた三沢高校以来、42年ぶりに決勝へ駒を進めた光星学院。私としては、東日本大震災の被災地として、優勝を期待していました。
しかし、光星学院のエース、秋田投手が3回に高山選手にバックスクリーンにまで運ばれた3ランホームランを打たれ、そして7回、前の日の準決勝・対関西(岡山)戦の7回に一挙8点を奪った日大第三の猛打に沈みました。7回には秋田投手得意のスライダを狙われ、畔上、横尾の連続適時二塁打、そして鈴木に左中間2ランを浴び、この回5点をとられKOされてしまいました。
そして最後の打者、今までバッターボックスに立つことがなかった代打・荒屋敷篤士選手が空振り三振に倒れ、11-0で日大第三高校が全国4000校あまりの頂点に立ちました。全試合2けた安打、計61得点の強力打線が、10年ぶり2回目の栄冠をつかみました。敗れた光星学院は、東北勢6度目の決勝進出をしながら、日大第三高校のエース・吉永健太朗投手の前に散発5安打で完封され、東北勢初優勝の夢はかないませんでした。しかし、太田幸司投手は新聞社の取材で「大差になったが、実力は伯仲していたと思う。東北の野球が強くなっていることを証明してくれた。東北が勝てないと言われたのも今は昔。好機はきっとまた来る」と後輩の健闘をたたえました。今年の夏の大会は、東日本大震災の被災地・東北の高校に注目が集まりました。その中でも、光星学院の活躍は、東北の地に大きな夢と希望を与えてくれました。光星学院の活躍が、被災地の復興の原動力となることを祈りましょう。
今年が創立60年目のシーズンとなったABC(朝日放送)の高校野球中継のテーマ曲には毎年名曲が名を連ね、その楽曲とともに、その年の優勝校の名前が刻まれていきます。昨年はFUNKY MONKEY BABYSの『あとひとつ』のテーマ曲とともに、沖縄の興南高校の名前が刻まれました。そして今年、現役女子高校生歌手の川上ジュリアさんが歌う『ずっとここから』。この曲とともに、日本大学第三高校の名前が歴史の一頁に刻まれました。
6月18日の沖縄県大会に始まり、約2ヶ月間にわたり繰り広げられた“2011年・高校球児たちの夏”は、西東京代表の日本大学第三高校の優勝で幕を閉じました。

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2011年8月 9日

沖縄の今年の高校球児の夏は、1回戦で終わりました。

甲子園球場で開催中の『第93回全国高校野球選手権大会』は、4日目の今日の第1試合に、沖縄県代表の糸満高校と香川県代表の英明高校の試合が行われ、1-4で糸満高校は敗れました。
沖縄では地方予選の準決勝で昨年全国制覇の偉業を達成した興南高校が、準決勝で中部商業高校に敗れ、決勝で糸満が中部商を破って甲子園出場を決めました。
昨年の興南優勝の大フィーバーぶりはなく、今年は静かに終わってしまいました。
県大会で敗れた学校はすぐに1・2年生で新チームを作り、夏の暑い中を練習に励んでいます。9月3日、沖縄県秋季高校野球大会開幕。もうすでに来年の夏に向けてのストーリーは始まっています。

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2011年7月28日

アナログ放送ついに終了、テレビはデジタル新時代へ。

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在沖各局のアナログ放送終了画面。半世紀あまりの歴史に幕。(画像の著作権は各放送局にあります)
昭和28年2月1日のNHK東京テレビジョン放送局開局以来、58年間にわたり日本の文化を支えてきたテレビのアナログ放送が、24日正午をもってすべての番組を終了しました。
このうちNHK Gテレでは午前11:59に最後の番組『気象情報』が終わった後、これまでNHKのアナウンサーを代表して在京民放キー局の女子アナと一緒に地上デジタル放送の普及・推進の先頭役として活動してきた、鈴木菜穂子アナウンサーさんが、アナログ放送の終了をお知らせしました。鈴木さんは「これまで長い間、アナログ放送をご覧くださいましてありがとうございました。」と視聴者に対しお礼を述べ、どーもくんが右手を振っている絵とともに「長い間ご覧いただき、ありがとうございました。」という画面で締めくくりました。長年にわたってみてくださった視聴者への謝意と、万感の思いがこもった、58年間の歴史のフィニッシュでした。私は、最後のどーもくんが右手を振っている「長い間ご覧いただき、ありがとうございました。」に思わず拍手を送りました。
各局のアナログ放送最後の番組は、RBCが『アッコにおまかせ!』の途中、アナログでの終了を前に、アナログテレビ放送の歴史をVTRで振り返ったあと、スタジオの出演者・観客全員でカウントダウンをし「1」と言った時点でお知らせ画面に。QABが最後の番組『ANNニュース』をお伝えしたあと、『プロ野球オールスターゲーム第3戦』が行われるクリネックススタジアム宮城から、アナログ放送終了のお知らせをしたあと、正午からお知らせ画面に。OTVが『FNS27時間テレビ・笑っていいとも!生増刊号スペシャル』の番組途中で、東京からアナログ放送終了についてのお知らせをしたあと、出演者全員が中に引っ込み、いいとも青年隊がスタンバイをし、カウントダウンをし「1」と言った時点でお知らせ画面に。
県内民放3社では午後11:53にも最後のエンディングを放送しました。3局一斉の放送で具体的な内容は把握していませんが、RBCは沖縄の風景映像と『わした島沖縄(うちなー)』の演奏にスーパーでコールサイン・周波数・出力の表示。QABではいつものエンディング映像のあと、沈む夕日の映像とエンディング音楽をバックに、三上智恵アナウンサーが「この時間をもってアナログ放送を終わらせていただきます。15年あまりにわたりアナログ放送をご覧いただきましてありがとうございました。このあとは高画質で高音質の地上デジタル放送でQABの番組をお楽しみください。QABはデジタル5チャンネルです。」と閉局の挨拶をしました。OTVは23日まで流していたオープニングの映像(ちなみにエンディングはオープニングの前半1分間のみ)に、平良いずみアナウンサーが「以上で沖縄テレビのアナログ放送を終了します。52年間ご覧くださいましてありがとうございました。」とあいさつをしました。そして3局とも午後11:54で送信機の電源が落とされ半世紀以上にわたる歴史に幕が下ろされました。
ただ、NHKが最後に『君が代演奏』とコールサインのアナウンスもなく、静かに終わったのが残念でした。RBCも最後は尻切れに終わり残念と言わざるを得ません。
このようにして、半世紀以上にわたるアナログテレビ放送の歴史が幕を下ろしました。ただ、東日本大震災で甚大な被害の出た岩手県、宮城県、福島県の東北3県では、引き続き来年3月までアナログ放送が続けられるため、完全に幕が下りるのはその時になります。
沖縄県内では今月22日に全国で最後まで残った南北大東島の中継局が本格運用を開始、県内の地デジ放送網が完成しました。しかし、総務省沖縄総合通信事務所では、県内にまだ1万から2万の未対応世帯が残っていると見ています。那覇市内の家電量販店では、簡易地デジチューナが品薄の状態だということです。全国では6月末の時点で29万世帯が未対応ということです。地元紙の報道では、うるま市の津堅島や本部町具志堅などの地デジ難視聴地域もまだあるということです。
平成15年12月1日に東名阪3大都市圏で地上デジタル放送が始まり、そして24日、7年9ヶ月間に及ぶアナログからデジタルへの“テレビ放送世変わり”プロジェクトは、ひとまず幕を下ろしました。
NHK及び民放各局には、視聴者にお金を出してデジタル受信機器やアンテナを準備していただいた以上は、デジタル放送の特性を生かした番組作りをしていただきたいと思いますが、東京キー局のバラエティ番組については、諸般の事情もあり本格的デジタル放送時代に見合ったバラエティ番組は当面、作るのが難しいのでしょうか?

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2011年7月18日

“なでしこジャパン”世界を制す!日本女性史に金色の一頁

女子サッカーのワールドカップ大会の決勝戦が日本時間の今朝、ドイツのフランクフルトで行われ、日本が米国をPK戦で下し、初優勝の悲願を成し遂げました。
“なでしこジャパン”は準々決勝でドイツの3連覇を阻み、準決勝でもスウェーデンを3-1で退け、一度も勝ったことのない強豪、アメリカとの決勝戦に臨みました。
そしてけさのアメリカ戦では、後半に米国に先制をされたものの、後半35分に宮間選手が同点ゴールを決めて延長戦に持ち込み、その延長戦でも前半に米国に勝ち越し点を許し、これでおしまいと思いきや、後半12分に、コーナーキックから澤穂希(さわ・ほまれ)選手が今大会5点目となるゴールと、得点王、MVPを決めて、2対2と土壇場でまたも同点に追いつき、試合はPK戦へ。
PK戦では米国が1人目の選手がキーパーに止められ、2人が外したのに対し、日本は4人目の熊谷紗希選手が落ち着いて決めて勝ち、ワールドカップ6回目の出場で初めての優勝を果たしました。
今年は日本の女子サッカーが世界の表舞台に立って30年になります。その節目に日本の女子ナショナルチームが見事ワールドカップで優勝しました。しかも決勝トーナメントでドイツ、スウェーデン、アメリカと凪いる強豪3カ国をすべて倒して。そして、男子でさえ果たせないワールドカップの優勝を。
長期不況の中で女子のクラブチームが相次いで廃部になったり、売却になったりという中で、“なでしこジャパン”はよくがんばってくれました。
中でも、NHKのニュース番組『NewsWatch 9』では、“なでしこジャパン”の活躍が日本の女性に勇気と希望を与えたと報じています。
ドイツでの“なでしこジャパン”の活躍は、日本のサッカー史上にはもちろん、日本の女性史、そしてあと6日で58年間の歴史に幕を下ろすアナログテレビ放送の歴史の最後の一頁に『金色の一頁』を刻むことになります。

一方、沖縄ではきのう『第93回全国高校野球選手権大会』の沖縄県大会の決勝戦が行われました。2年連続の全国制覇を目指していた興南高校は、一昨日の準決勝で中部商業高校に6-7で敗れました。この結果、春に続き夏も、主将一人で優勝旗を返還しに行くことになります。
きのう奥武山球場で行われた決勝戦は、その中部商業高校と糸満高校との間で行われ、糸満高校が2-1で勝って甲子園春夏通じて初出場を決めました。糸満高校には、沖縄県の代表として活躍してほしいですね。

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2011年7月15日

アナログテレビ放送の時代とともに『水戸黄門』42年間の歴史に幕

「静まれ、静まれ!」「この紋所が目に入らんか!」の名セリフで人気を集めた、パナソニックグループ提供の時代劇シリーズ『水戸黄門』が、今月から始まった第43シーズンを最後に、42年間の歴史に幕を下ろすことが日刊スポーツにより報じられました。
『水戸黄門』は昭和44年8月に第1シーズンがスタート。「先の副将軍」と呼ばれた水戸黄門が助さん、格さんを従えて日本全国を漫遊するストーリーで人気を博しました。54年2月5日(第9シーズン)には史上最高の視聴率43.7%をマークし、その後も平均視聴率30%前後を長く記録し、『クイズダービー』『8時だよ!全員集合』『ザ・ベストテン』とともにTBSテレビの看板番組となっていました。
また、『水戸黄門』はマンネリを防ぐため6~9ヶ月を1シーズンとし、『江戸を斬る』『大岡越前』と交代で放送されていました。現在は『ハンチョウ』シリーズと交代で放送されています。
今シーズンは今までの“勧善懲悪劇”から脱皮し“庶民の美しさ、絆の大切さを描く人間ドラマ”を目指していましたが、近年は、女忍び役の由美かおるさん(彼女の入浴シーンが評判でした)が第41シーズンで引退したことから平均視聴率が低迷。ビデオリサーチによりますと、第43シーズンの放送がスタートした7月4日の平均視聴率(関東地区)は10.0%、翌週の11日は同9.6%と、9%前後を推移していました。
水戸黄門役は初代の東野英治郎さんから西村晃さん、佐野浅夫さん、石坂浩二さんが務め、現在の里見浩太朗さんで5代目。昨年10月の第42シーズンから、格さん助さん役を、的場浩司と東幹久にリニューアルし、由美かおるに代わる女性新キャラクターに雛形あきこさんを起用するなど手を尽くしたそうです。
昔は『暴れん坊将軍』『遠山の金さん』などといった時代劇番組がゴールデンタイムの茶の間を彩っていましたが、近年は制作環境が難しくなり、またテレビ局側の編成方針も変わり、時代劇番組は相次いで姿を消していきました。NHKも例外ではなく、この春の改編で、今までGテレ(総合テレビ)で放送していた時代劇番組をBSプレミアムに移行しています。また、最近では、月曜日夜に放送されている新作よりも、平日夕方に放送されている初代・東野英治郎さん時代の再放送が視聴率がとれているとのことです。
私も子供の頃からこの『水戸黄門』を見ていました。亡くなった私の父が自然番組が好きで、一時期NHKのGテレで『生きもの地球紀行』という番組がありました。その番組がエンディングテーマ曲の『ビリーブ』(現在でも小学生の合唱曲として歌い継がれています)が流れて終わろうとしている頃に、『水戸黄門』の立ち回りシーンが始まり、そして格さんの「静まれ、静まれ!」「この紋所が目に入らんか!」と、葵の紋所が描かれた印籠を出すシーンが出ていました。まさに私と父母の月曜夜の楽しみでした。平成12年には数ヶ月だけでしたが、この『水戸黄門』の紋所のシーンに続いて、『クイズ・タイムショック』の、最高賞金1000万円をかけた『ファイナルタイムショック』という楽しみもありました。現在は『鶴瓶の家族に乾杯』が終わったあとに、『水戸黄門』の紋所のシーンというのが月曜夜の楽しみです。
折しも今月24日にアナログテレビ放送が終了します。そのアナログテレビ放送の時代を彩ってきた『水戸黄門』も、本格的デジタルテレビ新時代には生き残れず、現在放送中の第43シーズンが終わる12月をもって月曜夜の茶の間から姿を消すことになりました。お年寄りにとっての月曜夜の楽しみがなくなってしまいました。『水戸黄門』の廃止で、民放テレビの夜の時間帯から時代劇番組がすべて姿を消すことになりました。
ちなみに、アナログテレビ放送では今度の月曜日、18日が最後の放送となります。(岩手・宮城・福島の3県では来年3月までアナログ放送を続けます。)

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2011年7月10日

2011高校球児の夏・第1章本格化

6月18日に沖縄県大会の開幕で始まった『第93回全国高校野球選手権大会』、沖縄県大会は、きのう3回戦8試合が奥武山球場、北谷公園野球場、糸満西崎球場で行われ、昨年春夏連続の全国制覇を達成した興南高校をはじめ8校がベスト8に進み、きょうその8校によって準々決勝4試合が行われ、ベスト4が決まります。そして16日に準決勝、17日に決勝が行われ沖縄県代表が決まる予定です。
一方で、“たった1枚の甲子園への切符をかけて”と題した“第1章・地方大会”は、全国各地で本格的に開幕、“2011高校球児の夏・第1章”が本格化してきました。
ところで今年の全国の出場校数が、昨年より14校少ない4,014校(連合チームは1校とカウント)で確定しました。9年前に4,163校でピークに達したあと、少子化や高校の統廃合で年々減少しています。
そんな中で、部員の暴力による出場辞退が相次いでいます。20年前の全国大会決勝で、裁弘義監督率いる沖縄水産高校に1-0で勝って優勝した天理高校をはじめ、兵庫県の滝川高校、栃木県の足利工業高校、埼玉県の越谷東高校の4校が、上級生による下級生への暴行で、今大会への出場を辞退しました。1人でも問題行動を起こせばチーム全体に大きく影響が及び、特に“最後の大会”となる3年生にとっては、この日のために練習や筋力トレーニングなどに励みながら、チームメイトの問題行動で大会に出られないという、人生の中で最大の屈辱を味わうことになります。それも、チーム全体。「態度が悪い」という些細なことで短気を起こせば、そのチーム自体、試合ができなくなることになります。
とりわけ、天理高校については、20年前に沖縄水産高校に勝って優勝するなどの“高校野球界の名門”であるだけに、十分反省しなければならないと思います。
今年は、東日本大震災の後を受けた“特別な夏”。約2ヶ月間に及ぶ“2011高校球児の夏”は、いよいよピークを迎えます。

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«「きょうから教育テレビは“Eテレ”と呼んでください。」それなら総合テレビも“Gテレ”と呼ぶべき!